静悟の文学的空間

小説、読書感想、宮座賢治などについてのブログ

穏やかな陽

暖かな陽だまりの中彼方さんは陽気に散歩に出かけた。アパートの裏に広がる森を抜けてゆく。陽の光の暖かさを感じながら、昨日ネットで見た葉についての知識を光を反射する葉達を仔細に観察してみた。つぼみと芽と木々の葉の生え方、葉の形について。やはり知識があると楽しいと彼らの美しさを感じながら、ゆったりとしたペースで個性豊かな葉や樹皮を眼で感じながら、時折柔らかな土と横たわる落ち葉にも眼を向けながらこの森の空気に瞬間瞬間に癒やされ自然に調息されてゆくのを感じた。坂道を昇るとまた少し景色が変わる。太陽をバックに背中から光を浴びる木々を幽霊のように感じる。地に転がる石と彼らとが演出する庭が彼方は割と好きだった。大体よく行く散歩コースの一つだった。坂の上の果樹園は実に様々な植物で溢れかえっている。果樹園を通り過ぎた付近の屋根にねずみ色の斑模様の猫を発見した。突然の出会いに内心驚きながらも久々の猫との出会いを好ましく思い、じっと動かず彼を観察していた。寝そべってただこちらを見つめる彼の背後屋根の裏側からもう一匹の茶色の猫が現れた。興味深く無我の境地のような感覚で彼等とただ見つめ合っていた。5分ほど過ぎたのだろうか、もう少し近づいてみたくなったのだが、彼方の微細な動きを即座に察知した彼等は俊敏な動きで屋根からいなくなった。やはり彼等の鋭敏さは素晴らしいものがあるな、と感心しながら反対側から見える立派な黄緑色の樹に暖かさを覚えつつ坂を下っていった。平らな道の交差点まで来た所で遠くに君臨する薄い雲がかかった山に魅入られる。この場所は本当に良いところだと思う。開けていて空がよく見える。魅力的な山に囲まれ至る所に樹木が点在している。石達もそこら中の地面で拾うことが出来る。この暖かな陽の中での散歩の時間が彼方の最も心地のよい瞬間だった。ただ惜しむらくは彼方に自然に関する知識が乏しく彼等をただ眺めることくらいしか出来ないことが不十分に感じていることだった。そしてもっとより自在な肉体があればあの山を登りこなすことができるはずだと、あの山の中にはもっと面白い事が待っているに違いないといつも想像するのだった。このつまらない日常を吹き飛ばすくらい新鮮な体験がこの地球上にはまだまだ膨大に存在しているはずだと信じていたのだった。

 

ゆっくりと一休みした中西さんはお気に入りの水色のでベランダの草花達と触れ合うことにした。丹精な入念な彼の献身的な保護により、非常にどの子達も輝いて見えた。緑の葉が照らし返す光の美しさを眼を細め楽しみながら深く呼吸が整い、彼の魂が目覚めるようにリラックスしてゆくのを感じていた。一旦植物達に別れを告げ自らも食事を摂ろうかと思った。ブロッコリーを茹で人参を刻み、コーンポタージュと目玉焼きとトーストで十分に栄養を吸収した中西さんは顕微鏡をセットして鉱物のミクロな美しさの観察に熱中することにした。昨日は緑の石達を主に調査していたのだが、彼の一番のお気に入りはやはり青い鉱物、サファイアラズベリー、ラリマー。その日の精神状態によりどの子に最も夢中になれるかはその日の気分次第だけれども、ただ無心に近つける事はたしかだった。ルビーの赤も、トパーズの黄色、アメジストの紫色も勿論我を忘れるくらい魅入られるけれども、やっぱり青色が僕は一番好きだなとしばらくの間時を忘れていた。ふと気がつくと、時計の針は既に正午を回っていた。オレンジティーで一息ついた彼はお決まりの散歩コースへと今日も繰り出すことにしたのだった。玄関のポトス達に微笑みかけながら、陽気な青空を眩しげに見上げながらアパートの階段を降りて行き、今日の森はどんな変化があるのか気楽にのんびりと歩き始めた。歩行睡眠に陥りそうな程心地の良い気候だった。土の枯れ葉がカサカサと靴で感じながら、黄緑色の光る葉に主に興味を惹かれながら昨日との微細な違いを見つけようと細かい芽や花の様子に自然に眼がゆくのだった。