誰かに感動を届ける。生きる心支えとなるような作品を創る。あのカフェでボーカルのお姉さんの話を聞いてからそういう目標ができた。だけど僕に何ができるだろうか?
偶々立ち寄った本屋で詩集のコーナーが目についた。パラパラとめくってみる。中には素敵だと思える作品もいくつかあった。成程詩なら短くて済むし、結構手軽に取り掛かれるかもしれない。そうだな、これでゆこう。
とりあえずお手本として宮沢賢治の詩集「春と修羅」を買っていたのだが、興味深い作品で読んでて楽しかったけど、あまり書く上での参考にはならなかった。高度すぎて自身の書けるものとは差がありすぎるからだ。
ともかくも一作買いて投稿サイトにUPしてみた。
「この青い空の下 親切にしてくれた人達の温もりで
僕は今こうして生きています
生きていられます
ありがとう
僕は何故ここにいる?
僕は何者なの?
今もこの問に答えはでない
それでも僕は幸せだと沢山の瞬間において感じます
大切な人たちよ 本当にありがとう
神様ありがとうございます
僕をここまで導いてくれて」
翌日見てみるとそこそこの反響具合。まだ一作目ということを考えると充分だと自分では思えた。この調子でゆこう。
それから時々ヒーリングに訪れてくれるお客さん達を癒やす日常に絵を描く事と詩を書く事が加わり、僕の精神は大いに癒やされていった。自分でも今まで体感したことのないくらいに。僕の心に何か自分でも知らない物が秘められているような感覚があった。
ところで御幸さんとは週に一度くらいの頻度で会っていた。大体いつも僕の事を心配して向こうから連絡をくれる。そんな御幸さんの心遣いが僕には嬉しかった。
「それにしても静君大分落ち着いたね。表情も柔らかくなったし」
「そう視えますか?」
「うん。静君のオーラ凄く落ち着いて視えるよ」
この日晩御飯を御馳走になりながら最近詩を書き始めた事を打ち明けた。
「へぇ、何ていうサイト?私も見てみたいな」
僕は投稿サイトの名前とペンネームを教えた。御幸さんは本当に楽しそうな顔をしていて僕も喜んでもらえることが嬉しかった。
「そっか。静君には色んな才能があるんだね。私は芸術方面とかさっぱりだからそこは素直に羨ましいな」
「それ程大した才能というわけではないだろうけど」
「じゃあこれから成長してゆくんだね。うん、楽しみだな」
そしてその日は夕飯を食べ終えて別れた。御幸さんが見てくれているということなら、尚更創作活動にやる気が出た。今日ももう一作書いてUPしてみよう。
帰ってきて自室で独り考え込んだ。僕は失った記憶を取り戻す事も大切な事だと考えている。詩を書くことがその事につながっているとしたら?いや、きっと繋がっていると思う。多くの作家は自分を癒す事が書く目的の一つなんだろうけど、僕は癒やしの先に記憶を取り戻すという結果が付いてくる気がした。だとしたら余計に書くことに専念しないと。疲れた体ではあったが、もうちょっとだけ頑張ろうと書いてみた。
「僕は今ここにいる
それは僕自身だけの力ではなく他の多くのもの
そして大いなる存在の意思が加わったおかげだ
ありがとう
僕には失ってしまったものがある
それはどこにあるんだ?
どうしたら今の僕と過去の僕が繋がり会える?
今ここにいることは大切だけど
僕は過去の思い出も大切にしたい
一番幸せだったはずの幼少の頃の記憶よ
どうか僕の中に戻ってきてほしい」
何とか一作書いて少し逡巡したものの、結局UPしておいた。御幸さんが見てくれているということもある。明日もヒーリングの仕事がある。今日は早めに眠ることにしよう。