静悟の文学的空間

小説、読書感想、宮座賢治などについてのブログ

イマジナリーフレンドバトラー

僕がバトラーと出会ったのは両親に森に捨てられた時だった。僕は少々人より霊感が強いらしく時々家の中や外出先でも霊の気配を感じ、幼かったために不用意に両親や周囲の人間にそれを知らせてしまうことがあった。そのためか両親は僕を疎ましく思うようになり、次第に人目につかないところで僕を虐待するようになった。当時の僕は学校にも行っておらず友達と遊んだ記憶もなかったのだけど、こっそりと通っていた図書館で絵本や児童書は結構な数読んでいたので、友達という存在に憧れてはいた。しかし図書館の子供たちは彼等が持っているランドセルのせいか何だか遠い存在に見えて話しかけるのは無理だった。そのような経緯があったせいか、僕は友達という存在をぼんやりと想像するようになった。僕と気が合いそうな優しそうな少年で見た目は僕より少し背が高くて知的で才能がありそうな感じのイメージ体だった。元々僕は空想傾向の強い子供だったのだと思う。図書館前のベンチでぼんやりしている時などよく彼をイメージしたのだが、次第にそれは鮮明となってゆき、あたかもそこにいるのと変わらないくらいリアルなイメージとなっていった。この頃僕は彼をバトラーと呼ぶようになった。よく両親から暴行を受けて図書館で一人泣いている時などはよく空想上でバトラーから慰められている様子をイメージしてそれだけが唯一僕の心の支えだったのだと思う。

その日はある部屋に閉じ込められていた時だった。閉じ込められている分には別に構わなかった。両親から虐げられる心配があまりないからだ。だけど何もやることがなかったので、その日は特にバトラーをイメージするのが捗ったのだと思う。いつものバトラーは僕の想像通りにしか動かないが、この日イメージして目の前に現れた途端バトラーは自ら喋り始めた。

「藍人。君このままじゃ捨てられるよ」

その時ただ僕はバトラーが自分から言葉を発したという事に驚いて、セリフの内容はすぐに理解できなかった。だけど憂いの表情を浮かべて僕を見るバトラーの様子にやがて言葉の意味が脳に浸透してきた。

「え?捨てられる?」

「うん。リビングで君の両親の会話を聞いたのだけど、一週間後森に捨てようって言ってる」

当時読んでいた童話には捨てられる子供の話というのは幾つか読んでいたけど、子供心にも絵本の世界のようには行かないだろう事は理解できた。僕は森に捨てられたらどうなるのだろう?

「取り敢えず森に捨てられる所までは避けられそうにない。藍人にはこの部屋から出る術はないからね。だからそこからどうすべきか考えよう」

そっか。森の中だと家はあるのかな?後食べ物とかもどうなるんだろう?

「藍人。僕の能力で君がどこの森に捨てられるかは大体分かるんだ。君が創ってくれたように僕には幾つか能力があるからね」

そう。僕は自身をちょっとした霊感はあるけれど大した事のない子供だと思っていた。だからバルトには優れた知性の他に幾つか超人的な能力があったらいいなとイメージしていたのだ。僕を助けてくれたらと。

「今は両親も捨てる場所までは決めてないみたいだから、彼等の会話が聴こえてくるのを待つしかない。だけど、森では結構歩かないといけないと思う。藍人はあまり体力に自信ないだろう?」

僕は生来小柄な体質で日常で行う運動など図書館へ歩くくらいだ。長時間歩くのはきっと難しいと思う。

「取り敢えず、森に着いてからどういう選択肢を取るにせよ、体力がないとそこまでたどり着けないと思う。だからそのための対策を今から取っておこう。大丈夫この部屋にいながらでも運動はできる」

こうして僕はバトラーの助言通り捨てられるという未来のため、産まれて初めて体力づくりに励むことになった。狭い部屋の中で歩き回ったり、ジョギングしたり、主に下半身の筋トレや全身のストレッチ。僕には最初は相当疲れる内容だったが、バトラーによると森を抜ける事が出来たら今の境遇から解放されるらしいので、それを心支えに頑張っていた。そんな事を繰り返しているとバトラーが両親の会話を耳にしたらしい。

「どうやら軽瀬の森らしいね。ここから車で3時間。ご苦労な事だ。君の事を絶対に見つけられたくないんだろうね」

そうか。きっと虐待の事がバレたくないんだろうね。

「やはり一週間後、今日から3日後の週末に捨ててこようと言っていたね。僕が視た限り軽瀬の森は結構広いからね。どのポイントに捨てられるにせよ、相当歩かないと人里まではたどり着けないと思う。ところで体の調子はどうだい?」

自分としては相当な運動量をこなしたつもりだが、そんなに長距離歩けるかどうかは自信がなかった。僕の不安を察知したバトラーは僕を安心させるように微笑んだ。

「藍人。君は自分の事をちっぽけな存在だと思っているようだけどね、君はむしろ他の人より優れた才能を持っているよ。だからきっと素敵な事が待っているはずさ」

そしてバトラーの情報通り、日曜日の朝両親が僕を車に乗せ森まで運んだ。車の中でも彼等は何も話さなかった。捨てられると分かってから僕には最早彼等を肉親とは見えなくなった。この先二度と会うこともないだろう。

彼等は軽瀬の森の一目の付かないポイントを捨て場所に選んだようだった。乱暴に僕を降ろすと、「お前のような子供を作ったのが間違いだった」とさっさと車に乗り去っていった。僕は森を眺めながら不安を感じていたが、去ってゆく彼等を見るとこれで彼等と会うことはないのだという安心感と解放感に包まれていた。