静悟の文学的空間

小説、読書感想、宮座賢治などについてのブログ

インディゴチャイルド2 転換期

新地への希望

やはり美しい自然のあるところがいい。それでいて人の気配があまりなければ尚良いと各地の情報を調べてみて気づいたのは、なんとなく国立公園とか信州の辺りがいいのではないかということだった。国立公園は自然豊かだし割と田舎の方にもあるから低金額で住めそうだと思う。信州は気候的も良いだろうし、いい感じの森がありそうなので自然的にもいい。

ただこっちは若干費用がかかるかもしれないが、やはり出来るだけ新鮮なものを見たいと思った。潜在意識に植え付けられた僕を苦しめる価値観が180度ひっくり返るくらいの新しい体験を求めている。いっそのこと国ごと変えて新しい所で新生活を始めてみようかという思考がチラリとよぎった。例えば北欧の森は美しいと聞くし、海外ならそれこそ未知の体験で溢れかえっているはずだ。だけど今すぐじゃなくていい。焦ることはない。とりあえず、近場の国立公園の辺りで住めそうな場所だけ調べてみることにした。

喉が乾いたので、自販機のところまで階段を降りてゆくと二人の若い女性が卓球を繰り広げていた。お茶だけさっと購入して騒がしいなと思い、その場を離れ自室に戻ろうとした。チラリと廊下の窓から外を見てみると小雨が降っているようだった。

(外出が出来なさそうだ。どうしよう。本も持っているのは読み尽くしてしまったしなあ・・・・)

お茶だけ卓袱台に置いて、再度ロビーの受付に降りていった。老婦人が女将と何やら話し込んでいたが、後方の方で少し待っていると、若い仲居さんが応対してくれた。

「あの、ノートパソコンを使いたいのですが・・・」

期待はしていなかったけれど、意外に無料でパソコンが借りられるらしく、早速部屋に戻り、電源を入れると静かな駆動音でパソコンは起動し始めた。

預金残高的にあまり余裕がなくなりつつあるので、どうせなら住居と一緒にお金も入ってくればいいと思い、確か以前に空き家バンクというものを聞いたことがあったなと検索してみた。ホームページを見てみるとそこまで数がある訳ではないようだが、現在空いている物件が幾つかはあるようだ。ここから電車で2,3時間程で行けなくはない距離だ。間取りやら周辺の環境もざっと見てみたけど、特に問題はなかった。

住居の事はこのくらいにして、次に当面の資金の方を考えてみたが、今すぐには思いつかず、取り敢えず空き家の持ち主に問い合わせてみようかと思い、自らの今の状況等を簡単にフォームに入力して不動産屋に送信した。

窓際の椅子で一休みしながら窓の外を見ると小雨が止んで日が差し始めていた。なんとなく神社に行きたくなったので、受付でパソコンを返して、いい感じの空模様の中を散歩に出かけることにした。

(恐らく少し神仏に尋ねてみたくなったんだろうな)

と自らの精神状態を分析した。確かチラッとネットの地図で見た所、割と大き目の神社がこの辺りにあったはずだ。ただ何を祀ってあるのかは知らなかったけど。

着いてみるとそれ程人がいる訳でもなく、そこそこの広さと静けさのあって割といいところだと思った。入り口を通り過ぎて札を読んだ限り、水の神を祀る神社のようだ。神水と呼ばれる湧き水が飲めるらしい。砂利道を歩き拝殿に辿り着いて、先の人が拝み終わるまで自らの霊性を少し高めるようなイメージで2,3回深呼吸を繰り返した。目を開けると既に前の人はいなくなっていたので、取り敢えず2礼2拍手して神のメッセージを聞き取るようなイメージで目を閉じた。人気のない神社で感覚が研ぎ澄まされたいつもより静かな精神状態に入れたと感じていると、何となく何か分かった気がした。

一礼だけして湧き水の所で神水を飲むとそのまま旅館に帰った。それから敷かれていた布団に寝転がりただ天井を見上げていた。肉体は疲れていないはずだが何故か動く気にはなれず、夕食が来ても変わらず寝転がったままだった。

(えと、さっき何に気づいたのかな?それ程具体的なメッセージではなかったような・・・。そう確か木の映像が見えたような・・。ああそういうことか)

なんとなくだけど分かった気がした。考え事をしている間にすっかり冷めていた料理に少しだけ手をつけながら

(多分植物に関する事がいいということなんだろうな。研究か、育てた植物を売るとかかな?最近はハーブが流行りみたいだけど、でもエッセンスオイルなんて簡単には作れないしなあ・・・)

ぐるぐると頭の中で思考が巡る中、料理を3分の1程食べ終え窓から景色を眺めつつ、植物の種なり苗なり買って、育ててみようと思った。向こうは一軒家で土地が広いし、数を増やすことも可能なはず。後はブログで育成日記なり、描いた絵を載せたりすれば何とかなるのではないだろうかと内心相当大雑把で無謀な計画だとは感じていたものの、既に気持ちは彼の地へ行く方に傾いてしまっていた。

黒猫と夢

翌日の目覚めはぼんやりとしていてまだ少しだけ夢の世界の名残を感じた。何だか太陽が高く感じて時計を見ると既に9時を回っていた。そのまま布団に包まったまま、今見ていた夢の内容が引っかかっていた。どうも黒い猫と浮かんだ気がするのだがそのくらいしか今は思い出せなかった。気になりつつも浴衣から普段着に着替え、水道水を2杯ほど飲んで一階のロビーに降りていった。

(どこで朝食を摂ろうかな、カフェはあまり好きじゃないからなあ・・・。そう言えば、昨日のパン屋さんは確かサンドイッチも置いてあった。そこで買って公園で食べる事にしようかな・・・)


外の空気と日光の作用を脳に感じながら、目の前の通りを右に曲がって陽気に歩いてゆく。

(なんだか最近調子が良くなりつつあるかもな、歩いていても心が軽いような・・・・)


昨日のパン屋さんは結構わかりにくい立地だったのだが、立派な柿の木が生えている家が目印になり、おかげで迷わず辿り着くことが出来た。店内に入って少しだけ空調で整えられた空気を感じながら、並べられた品物を物色するのだが、やはりこの時間帯は品揃えが良く、つい他のパンも買いそうになる。結局トマトのサンドイッチとハニートーストを入手して、来た道を公園の方に戻っていった。

公園内は平日のこの時間帯なので、老人やジョギングするお姉さんくらいしか居ないようだった。座りやすそうなベンチを選び腰掛けて少し休憩していると、小鳥が何羽か足元に舞い降りて恐らく木の実か何かをついばみ始めた。僕の足元を無警戒に通り過ぎてゆく子もいて、彼等の動きや一体一体の異なる個性をしばらく興味深く観察していた。何故か頭の中にぱっとツグミという単語が浮かんだが本当に合ってるのかなと疑問に思った。

やがて小鳥達は飛び去っていったので、僕もそろそろ食事を摂ろうかとサンドイッチをもぐもぐと頬張っていたのだが、ふと左の方に視界を移すと一匹の黒い猫が先程のお姉さんからもらった水をペロペロと飲んでいた。お姉さんは慈しむような表情で時折猫の背中を優しく撫でながらミャーと呟いていた。その光景に一瞬困惑した。

(周りに人がいるけど誰も何事もなく過ごしている。猫に水をあげるのはまあ構わないのかな。あのお姉さんは黒猫と仲良しなのだろうか、あのお皿は彼女の持ち物なんだよね?・・・・というか、あの黒猫はもしかして今朝の夢と何か関係が?)

サンドイッチの事を忘れ、猫と女性をじっと見ているとやがて猫は飲み終えたのかトコトコと少し離れて行き伸びをしながら欠伸をすると、丸くなって目を閉じていた。お姉さんは猫に「またね」と微笑みながら手を振るとストレッチに戻っていった。僕は少しだけ食事を再開しつつも、丸くなっている黒猫をじっと見ていた。猫の容姿自体はこれと言った特徴のないよく見かける黒猫に見えるが、今朝の夢の事がぼんやりとしか思い出せず、似ているかどうか判断がつかなかった。

猫は何故か目を閉じたままだ。僕程度の能力では視ただけであの猫の声が聴こえたり、あの猫の気持ちが分かったり、またこの黒猫の出現に何か重要な意味があるのかどうかさえ分からなかったので、サンドイッチを放置して取り敢えず猫の方に少しずつ忍び寄っていった。

本当に何となくだけどこの黒猫との出会いがとても大切なものな気がしたので、慎重に一歩ずつ猫の反応を伺いながら近づいていくと、ある地点で黒猫はその黄色い目を開いた。僕はしばらく立ち止まり黒猫と正面からじっと見つめ合った。やがて猫は伸びをして立ち上がると、ふいと横を向いてしまった。そして公園の出口の方へ少しだけ歩き振り返った。猫の目がついて来いといっているように感じた瞬間まるで意思が通じ合ったかの如く猫は外へと歩き出していった。僕も黒猫の後を歩いていくのだが、まるで自分が親猫の後に続く子猫のような気がした。

マイペースに路地を歩いてゆく猫の後を追い歩いてゆく。その間一人の女性とすれ違ったが、猫とその後を歩く僕が全く気にならないようだった。やがて緑豊かな広い庭のある白い洋館に辿り着いた。この辺りでは目立つ程割と大きめの邸宅だった。どことなく小規模な西洋の城を感じさせないでもない、それでいてお洒落なデザインでしばしその家に目を奪われていた。ふと気がつくと先程まで足元にいた黒猫はトコトコと邸宅の庭の真ん中に入っていき、そこでごろりと丸くなってしまった。僕がどうしたものか困惑して、2、3分ほど庭の個性豊かな植物達を観察しているとガラリと庭の窓が開き庭から一人の初老の女性が木箱を抱えて現れた。彼女が姿を現した途端、まるで見計らったように小鳥たちが一斉に木箱のパン屑や木の実目掛けて舞い降りてきた。女性は小鳥達が啄む様子を慈しむような微笑みで見守っていた。黒猫はその間も丸くなったまま目を閉じていた。少しして彼女は小鳥達から目を移して小鳥達に向けていたそのままの微笑みで僕の方を見た。まるで何もかも最初から知っているような眼差しで。そして家の中へと引き返していき、5分ほどしてから今度はあるメモを持って現れ、庭の門扉を開き僕にそのメモを渡してこう言った。

「昨夜の夢で女神のような女性から神託があったのよ。今日一人の少年がやって来るから、その子にこのメモを渡しなさいってね」

僕は慎重に壊れ物のようにそっとそのメモを手に取った。中を開こうか少し逡巡していると、女性はうっとりと感動するように空を見上げながら「きっとこの時点があなたの一つのターニングポイントなのでしょうね。私もそんな風に波動の流れが変わるのを感じたわ」とニコリと笑った。

何が何だかさっぱり分からなかったが、不思議な流れに乗っているという感覚は僕にもあった。この女性がどこまで僕の事を知っていて、この助言にどこまで信憑性があるのかは分からない。だけどこの一連の出来事は僕にとってとても大切な事だという確信があった。

結局その場ではメモは開かず、名乗りもせず、ただ頷いてメモを受け取った。女性は特に気にする事なく庭へと戻ってゆき、僕に手を振ると家の中へ入っていった。黒猫は相変わらず庭の真ん中で欠伸をしていた。やはり今朝の夢はこの事を告げていたのだろうか。メモを気にしながら公園へと戻り、先程の食べかけのサンドイッチがそのままベンチに残ったままだったので、メモは取り敢えず財布に丁寧にしまい込んで、荷物を回収して旅館の部屋へと戻るのだった。

 

窓辺のリクライニングに沈み込みながら、15分ほど休息を取った。窓辺から庭園の池で休む一匹のサギを眺めていると、先程の恐らく若い頃は相当の美人だったであろう女性の後ろ姿が、ぼんやりと脳裏に浮かんだ。ちらりとメモに視線が向いたが、何故か、今はまだ見る時ではないと感じたところで、スマホがメールを着信したらしく、開けてみると問い合わせてあった不動産屋からだった。幾つかの空き家で内覧が可能らしく、一度事務所まで来て欲しいということだった。

スマホを置き、椅子にもたれながら、空き家の内覧がてら保護公園の森を体感してみるのも悪くはないかもしれないな、と思案したが、やはりメモを見るのが先かと、二つ折りの紙を開いてみるとこう書かれていた。

「西の森があなたの居場所になるであろう」

僕は内覧希望のメールを不動産屋に送った。

朝目覚めると珍しく夢を見なかったが、すっきりとした目覚めで思考がクリアだと感じた。窓辺で穏やかな陽の光を浴びながら丁寧に歯をブラッシングしつつ、昨日のメモの内容について考えていた。

(あれはやはり丁度行くつもりだった国立公園の事なんだよね?居場所か・・・。そこで何が起きるかはわからないけれど、とりあえず神様のお墨付きだし、行ってみる事に不安はなくなったかな)

口を濯いだ後スマホをチェックすると不動産屋からメールが届いていた。不動産屋が開いている時ならいつでも内覧に行くことは可能らしかったで、それでは今日にしようかとメールで来店の予約を取っておいた。まだ早朝なのにすぐに返信が来て、今日の4時までなら事務所にいるらしい。窓からの日光では不十分に感じたので、外の空気を感じようと今日も朝の散歩に繰り出した。

今日は何だか気温や湿度はいつもと変わらないと感じたが、いい感じの日差しだと思った。なんだろう、葉や歩道を照らすというより包み込んでいるような幻想的という表現がピッタリくる。そんないつもと違うと光景だった。やがて交差点の所で背の高い樹木の黄緑色の葉がいい感じに照らされているのを見上げていると、鳥たちが飛びだつ羽ばたき音と同時に足元にどんぐりが落ちてきた。そのまだ綺麗な状態のどんぐりを拾い、そろそろ戻って支度をするかと旅館へと踵を返した。

 

新地

 

広々とした人の少ない静かな駅広場のベンチで、開けた青空にゆっくりと流れてゆく雲を眺めながら、全く初めての土地の空気に包まれて、新地に来たという実感に包まれていた。左の方から名前を呼ばれたので振り向くと初老の男性がいつの間にか現れていた。彼は黙って一通の名刺を差し出してきたのだった。名刺の紙にはただ「白井岳」とだけ書かれていた。

僕と白井さんを乗せた黒いベンツは、駅前の中央広場を後目に静かに滑り出していった。後部座席の背もたれの柔らかさを感じながらも左方の保護公園のある方向がひたすら気になっていた。既にロータリから公園の樹木に囲まれた入り口付近は見えていたのだが、走る車内から眺めていると川ではしゃぐ子供たちの姿が散見された。ちらりと右手を見ると山が見える。来て早々だったが、自然の中に還りたい、山の土、あの木々が風でささやく音に包まれたいという欲求が確かに胸の奥底から湧き上がってくるのを感じた。

 

到着した家は写真で見た時より更に立派な造りをしていた。シンプルだが全体が明るい色の木材で構成されていることも好感が持てたのだった。白井さんが解錠作業をしている間、僕はひたすらこの新しい住居となる建物に魅入っていたのだった。中に入ると素材として使われている木材は更に明るい色彩を放っていた。

その視覚効果と、匂いと、足の裏で感じる思ったより滑らかな床の感触を素肌で感じ、此の家が僕の住処になるのかと急展開に半ば圧倒された心地だった。ふとほかの部分に目を巡らすと窓から庭が見えた。近寄って窓越しに見ると庭は想像よりもずっと広くて個性豊かな樹木と花々達が溢れていた。中でも花壇が一際目を惹いた。植えられているのはパンジーや藤など有り触れた花達だが、なんと言うか花壇自体が一つのアート作品みたいだと感じた。

 

バランス良く積まれた情緒的な黒い石に囲まれた盛り上がる栄養のありそうな土は山形に盛り上がっており、その構成美が鮮やかな花の色を際立たせているように感じた。窓を開けて庭に出ようとしたのだが、履き物が無い事に気がつき振り返ると白井さんが二人分の靴を持ってきてくれた。庭の地面を直に感じて改めて思ったのだがこのような立派な家を何故以前の持ち主は無料で手放そうと考えたのだろうか。

花壇に近づき、鼻を近づけて匂いを嗅ごうとパンジーに顔を寄せるとミツバチがお尻を此方に向けて潜り込んでいた。彼らの邪魔をしてはいけないとそっと離れ、改めて庭全体を観察してみると、やはり中々に立派な樹木が生えていて特に左隅の一本が気になって至近距離で観察してみた。

すずめが土の上を跳ね回り木の実を啄んでいる傍ら不思議な心地になっていた。それ程太い訳でもないのに何故こんなにこの樹を素敵だと感じるのだろうかと。

 

改めてリビングへと戻ってみると本当に何もない空間がただ広がっていた。そこには皿の一枚すら先住者が運び去っていったようだ。白井氏は本当に申し訳なさそうな表情をしていた。「すまないね。依頼主が君のような若い子が一人だとは思わなかったものだから。もし事前に分かっていたら布団くらいは用意しておいたのだけれど・・・」

僕が寝袋があるから平気だと言うと、白井さんはエアコンはすぐに使えるからくれぐれも暖かく眠るんだよと最後まで心配そうにしていた。美しい庭で癒やされたためか空調が効いてくると途端に眠くなってきたので、寝袋を敷いてすぐに横なった。ガランとした空間は灯りを消すと本当に静かだった。ただ微かに耳を澄ますと虫の鳴き声だけが心地のいい一定のリズムを奏でているのだった。2階がない分高い天井を見上げながら心地のいい微睡みに吸い込まれていった。

翌日の朝

 

翌朝背中に感じる木の床の感触で越して来た事を思い出し、ゆっくりと伸びをしてカーテンを開けると昨日の庭を燦々と降り注ぐ朝日を浴びる植物達が目に映った。早朝の空気を吸い込みながら今日の樹木達の様子を観察していると、ふと足元に鉢植えのミニトマトが栽培されている事に気がついた。手で掬い取るように触れながら表面の艶を確かめてみると、皮がとても新鮮な状態で非常にいい感じに日光を反射していた。土を少し触れて観察してみたが栄養豊富そうということくらいしか門外漢の僕には不明だったが、隅のほうに肥料の袋が置いてあることに気が付いた。とりあえず栽培法は以前の住人に聞いた方がよさそうだと思いながら、十分に日光と空気を体内に取り入れたので、水道水だけ飲むと必要な物資を購入に出かけることにした。

 

ショップのあるエリアまで朝の散歩も兼ねつつ歩いていると、心地の良い陽気も相まって歩行しながら眠りに陥りそうになっていた。畑が散見される通りを折れて少しだけ広めの通りに出ると静かななかにも様々なショップが並んでいるのが見えてきた。のどかな雰囲気が広がっていたので、何となく寂れた店が並んでいる様子をイメージしていたのだが、割といい感じの小洒落た店が幾つか見受けられ一軒食器を扱っている所があったので入店してみることにした。

 

最初に目についた棚に並ぶ皿達に僕はただ素朴という印象を受けた。値段も手頃でマグカップなども可愛らしい動物や花の柄が描かれている作品達を見て回っているとカウンターに案の定店主の手作りという張り紙を発見した。陶芸にはそれ程造詣が深い訳ではないのだが何となくあまり評価されている風ではないが多少光るものを感じた。とりわけ感じた作品を幾つか購入して次の店へと再び空に浮かぶうろこ雲を興味深く観察しながら通りを歩きながらどうも植物や石を飾っている店が多い。

 

やはり最近は自然に注目する人が増えているのだろうなと主に家具店を求めつつ左右の店達を物珍しく気ままに散策していると、ふと気になる物が視界に入った。それはある店の花壇だった。店自体にはそれ程興味はなかったのだが、花壇の恐らく観葉植物で名前はわからないが枝垂れた葉が細い枝の薄茶色の色合いに惹かれた。しかし更に俄然興味深く魅入られたのが敷き詰められた魅力的な様々な形と色の石達だった。

目と鼻の先まで近づいたり、手で触れてみたり、彼等から感じ取る事の出来る一つ一つの個性をつぶさに調べてみた。不思議な程素敵な石達が花壇の底を揃っていて、ちらりとガラス戸から店内を覗いてみるが、この店がこれ程の石を集められるとはとても思えなかった。

そして不思議な現象が起こった。気づくと周囲から人の気配がしなくなっていて、実際付近には誰も見当たらなかった。静かだった。何故か先程まで多少騒がしかった車両達の走行音さえ消えていた。

店内の灯りは灯ったままだったのだが、もしかしたら、店内にも人はいないかもしれない。この状況ならこの石達を持ち帰れるかもしれないと改めて石達を物色していると、滑らかな表面の石が目に入った。その石の辺りだけ少し隙間の空いたようにポツリと周囲から際立って見えた。周りの石達も勿論それぞれ魅力的な子達が揃っていたのだが、その石には独特な感覚が伝わってきた。他にも丸くて表面がつるりとしている石は見かけられるのに、この石は恐らく錯覚だろうがうっすらと光っているかのように見えさえした。結局僕は誘惑に抗えず何故か人の消えたこの状況ながら改めて周囲の人目を確認したあと、ポケットに彼の重みを感じながらこの日はそのまま家へと帰ったのだった。

帰宅

 

路地を通り、家へと続く田舎道に辿り着く頃には来た時と同じくただのどかな光景があり、畑の手入れをしているおばさんも普通に見受けられた。まだ日もそれ程暗くなっておらず、本当に先程の現象は何だったのだろう、錯覚ではないはずだが。右ポケットに触れてみるもやはり確かにあの一際不思議な石はそこに存在していたが、家に戻るまでは取り出さないほうがいいだろうと、この穏やかな陽の中のんびりと帰宅したのだった。

帰宅後ガランとしたリビングに戻りそう言えば、家具の類は結局購入できなかったなと気がついた。ポケットの石を取り出してさらさらとその表面の滑らかさを指先で感じてみた。室内の灯りで照らしてみたしげしげと観察してみたが、やはりぼんやりと光りに包まれているように視えた。指先でコツコツと叩いてみたり、匂いを嗅いでみたりしたがその辺りの感受は大抵の石と大して違わなかった。この石のどことなくほっとする効果からして誰かがオーラを込めたパワーストーンなのだろうか。とりあえず、どこに置こうかと迷ったのだが、一番眺めのいいところにシンク台の上に置いてみた。

 

いずれ.はもっといい設置場所を考えないとなとリビングには椅子も何もなかったので、庭のベンチで少し休息することにした。鳥の鳴き声を感じながら体力はそれ程使ってなかったはずだが心地の良い天気でうとうと眠くなってきた。結局眠気には抗えずベンチに持たれながら眠ってしまった。本当にあの誰もいなくなった現象は何だったのだろうとうっすらと薄れゆく意識の片隅に感じながら。

翌朝

すずめの鳴き声で目が覚めたその日の朝顔を洗いたくなり、洗面所に向かおうとしたところ、リビングのシンク台に昨日のパワーストーンを発見した。青いオーラは一際光って見えた。水やりをしながら、花壇の花々の昨日との違いを、その微細な成長具合を見極められないかと凝視してみたけれど、やはりまだまだ僕の能力では及ばないようだ。中央の花壇だけだけではない、蝶やミツバチの邪魔にならないように気をつけながら、庭の樹木達全てに必要十分な水分と品種によっては肥料を与えていった。まだ初日だったので多少の疲労感は否めない。だけど新鮮な体験で爽快な心地に包まれていた。

 

それにしても余程園芸の達人だったのだろう、庭の植物はどの子もすごく生き生きとしていて生命力に溢れていた。しかし、果たして僕に彼らの健康を維持する事が出来るかどうかと多少不安に思いながらリビングに戻った。

テーブルでカモミールティーを飲みながら少しの休息を摂っていたところ、ちらりと庭の方に視線を向けると、一匹の縞々の猫がのそりと生け垣から侵入してくるのが見えた。その様子を興味深く見守っているとその茶色の斑模様の猫は花壇に興味を示したようで花の匂いを嗅いでいた。花を荒らされると困るなと腰を浮かせかけたが、様子を見ていると、彼はただミツバチと戯れているだけで、無害な存在だと分かった。やがて彼はあくびをしながら丸くなってその場に居座ってしまった。どうにもその猫が気になったものでおそるおそる窓を開けて慎重に彼の猫の元へと近づいていた。だけど猫は僕が近づいても薄っすらと目を開けただけで、ただそれだけの反応で逃げも隠れもしなかった。やがて至近距離で彼と見つめ合った。

 

彼の瞳を正面から見ても何を考えているのかは全然わからない。何故か撫でたいとは思わなかった。5分ほどそうしていただろうか、猫も僕も動かなかった。一瞬時間が停止したのかと思ったが、ミツバチやてんとう虫は動き回っている。「ねえ、君どこから来たんだい?」と取り敢えず小声で彼を驚かせないようなトーンで語りかけてみた。

彼の吊り目の内側で何を考えているのか、彼が睨んでいるのか何も考えず休んでいるのかさえ、僕には判断つかなかった。黒と灰色、白の縞模様の彼に少しずつ慎重に近づいていった。野生動物のように気配を小さくしながら、周囲の動きを敏感に探りながら。昔蝶を手のひらで捕まえていた子供の頃の感覚が蘇る。大抵の猫が逃げていってしまう距離まで近づいても、斑模様の彼は微動だにしなかった。突然、雲の切れ間から陽の光が優しく差し込み、柔らかく包み込んだ。先程まで暑いくらいだったのに、僕の心地良い気温に丁度良く調節してくれたように、ただ暖かかった。不思議に思って光の方向を見上げてみたが、何故か眩しいとは感じなかった。再び地面に視線を降ろすと既に彼の姿はどこにもなかった。

昨夜コンビニで購入しておいたミルクココアの粉末をティースプーンでマグカップに運びながらぼんやりと考えていた。

(どうもまだ転居から2日なのに不思議な事が起きすぎているのではないだろうか・・・)

温かいココアを口に運びながらリビングの窓越しに庭を眺めていると、とてもいい天気で窓から素敵な香りが室内にまで漂ってきた。ココアのリラックス効果で少しお昼寝を楽しもうかと考えていたのだが、多少眠気を感じていてもお散歩に行きたいと思えた。そんな穏やかな気候の午後だった。

特にどこを目指すでもなくただ暖かさを楽しむつもりだったので、人が作業している畑や走行音の騒がしい大通りを避ける道を選びながら、あまり見かけない種類の街路樹を時々興味深く観察しながらお散歩を楽しんでいた。気温もそうだが陽の色加減も非常に優しい黄色い光を発しておりついつい目を細めつつ上空を見上げすぎて眼が眩んでしまうくらいだった。

自然生活。それは僕がずっとやってみたいと興味を持っていたもので、だけど実際には難しいのではないかと二の足を踏んでいたものだった。今の僕は自然の食物を自給自足に近い状況で手に入れる事を望んでいる。しかしながら、そんなことはまず出来そうにないと思っていた。冷たい水や痛い植物を無理に触れることはできそうにない。まあ、畑はやらなくていいかな。たまに小さい頃のことを思い出して、釣りでもできたら少しは楽しいかもしれない。そう思いついてしまった。思いついたものはやってしまおうとスマホで釣具屋さんを探し始めた。実行に移さないと気が済まない。僕は僕でないほうが楽になれるのかなと、スマホの細かい作業に披露を感じながらどうも駅付近にそのような店があるとわかった。もうそんなに遠くはないので、ついでに新しいTシャツでも見繕いに行こう。

釣具屋

どうしてもこの現代よりか田舎でのスローライフに心惹かれ、せめて釣りぐらいはとやってきたのだったが、考えてみると僕は釣りのことなんて全然わからないのだ。ただ小さい頃ほんの少し触ったことがあるくらい。どの竿?どのルアー?針やらなんやら大量にあって全然わからないので、少々気恥ずかしさを感じながらも店員に正直に説明を求めた。釣り具屋には女の子の店員がぽつりといるだけだったが、その店員の女の子の言われるままに初心者用の道具を一式購入して、一匹でも連れたらいいなと以前から散歩中に見計らっておいたポイントへと赴くのだった。幼い頃ほんの触りだけしかやったことのない釣りだったが、初心者でも結構場所によっては釣れるものである。僕は2時間程で数匹の戦果を挙げることができたのだった。小さな川魚であったが、せっかく自分で釣ったお魚だから是非自ら調理して食べてみたい思ったが、自然生活に関してはまだまだ知識不足で、魚のさばき方もよくわからない。これからちょっとずつでもやりたいこと、してみたいことを進めていこうと思ったのだった。

自分で釣った魚は不思議な程美味しく感じた。やっぱり僕にはセルフでやることが性に合っているらしい。ただ自分で釣った魚を2匹分食べただけなのにそんな大げさな事が頭をよぎった。そして食事を終えて庭のミニトマトが問題なく今日も生き生きとしているのを確認した後、今日も散歩に出かけることにした。

こんな風に僕の日常は園芸や散歩を中心に穏やかに、しかし確実に僕をより良い方向へと変化させてゆくのだった。