静悟の文学的空間

小説、読書感想、宮座賢治などについてのブログ

僕らの旅路15 絵本を読んで

せっかく出会えた良き先生と直ぐに別れさせるような事はしたくなかったので、いずれ旅立にせよ、しばらくはこの地に逗まる事に決めた。近頃、以前にも増すペースで愛衣先生はは綾の下へ授業にやってきてくれている。今日も夕方から愛衣先生は僕らのマンションにやってきていた。

「本当に申し訳ありません。いつも一緒にいただいて」

「気にしないでください。僕らが望んでるんですから」

この日も僕と綾と愛衣先生は一緒に御飯を食べていた。綾は黙々と食べていたけど、この3人で一番この3人での食事を喜んでいるのが、僕には分かった。

「それじゃ、また明日ね。綾ちゃん」

「うん」

如月さんは食事が終わって帰ってゆく。それを見送る綾はいつも寂しそうにしていた。

最近、少し変わった事がある。それは、綾が絵本を読んでほしいと言うようになったこと。愛衣先生が帰ってしまう時、綾はいつも寂しそうにしていて、その寂しさを埋めるかのように、僕に絵本を読んでと言うようになった。

と言っても、僕が持っていた絵本は宮沢賢治くらいだった。とりあえず、それを読んで聞かせることにした。

「大きな望遠鏡で銀河をよく調べると、銀河は大体なんでしょう?綾は何だか分かる?」

「星」

「正解」

ベッドの中で静かに朗読を聴く綾の頭を撫でながら読みすすめる。

「このぼんやりと白い銀河を大きな良い望遠鏡でみますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさん、そうでしょう?ジョバンニは真っ赤になってうなずきました。けれども、いつかジョバンニの目の中には涙がいっぱいになりました。そうだ。僕は知っていたのだ。勿論カンパネルラも知っている。それはいつかカンパネルラのお父さんの博士のうちでカンパネルラと一緒に読んだ雑誌の中にあったのだ。」

賢治の銀河鉄道の夜は僕の一番気に入っている作品だ。僕は集中して読み進めて行った。

「このごろ、僕が朝にも午後にも仕事が辛く、学校に出ても、もう皆とハキハキ遊ばず、カンパネルラともあんまりものを言わないようになったので、カンパネルラがそれを知って気の毒がって、わざと返事をしなかったのだ。そう考えるとたまらないほど自分もカンパネルラも哀れなような気がするのでした」

「・・・可愛そうなジョバンニ」

「そうかな?」

「まだ小さいのに働かないといけないなんて。それにザネリっていう嫌な子もいるし・・・」

「でもカンパネルラという親友はいるし、お父さんは留守だけど、お母さんは家にちゃんといる。綾より恵まれているところもあるんじゃないかな?」

「私は・・・。私は幸せだよ?空がいるから」

「そうだね。僕も綾がいてくれるから幸せだよ」

それからしばらく銀河鉄道の夜を読み聞かせていたのだが、気がつくと綾はスウスウと寝息を立てていた。おやすみ、いい夢を、綾。

それから、僕は自室に籠もってブログをチェックしていた。今日も順調にアクセスがきている。UPする詩を書くべく、ワードソフトを起動させて、想像力を巡らせて見た。今日、綾と共に歩いた川辺の道で風景でも詩にしようかと思って。

この暖かな陽の下 明るい地面を歩く

緑と透き通る水面を君はいつも興味深げに見てたね

空は青く晴れている

君と一緒なら 真っ直ぐに続くこの道をどこまでも歩いてゆける気がする

川沿いで出会う誰もが幸せそうに笑っていた

この暖かな陽の下では 誰もが自然に笑顔になれるのかもしれない

そこまで書いて、続きは明日書こうとパソコンを閉じた。リビングに戻って紅茶を飲む。時計を見るとまだ10時。眠くなるまでまだ少し時間があるな。

ソファにもたれてぼんやりとする。綾と出会ってからこれまでを回想するともう10年くらい経っているような気がする。実際にはまだ3ヶ月にも満たないのに。実に濃密な日々だった。

僕の人生は綾に比べると平凡なものだった。毎日学校に行って、帰ってからも誰とも遊ばず、本を読み漁る日々。時々思う。綾と僕は本質的には似た者同士な筈なんだ。だけども辿ってきた道が違い過ぎて、その分、人となりも違ってしまっている所が結構あるんじゃないかって。その違いを僕は少しでも埋めたいと毎日一緒にいるんだけど、僕らは同じだから惹かれるのか、それとも違う所があるから惹かれ合うのだろうか?よく分からない。だけども、僕と綾は、これまでの僕らは互いを信頼しあえているはずだ。

もう一度寝ている綾の寝顔を見に行った。

綾、君のこれからの人生が幸多からんことを祈るよ。願わくばその片隅にでも僕を置いてくれると嬉しいと思う。

僕は自分の部屋に戻り、少し早いが今日はもう眠ることにした。