静悟の文学的空間

小説、読書感想、宮座賢治などについてのブログ

黒猫物語2 図書館という選択肢

翌日僕は図書館にいた。星の王子さまの原文版と何冊か小説を借りた。そして昼間はずっと図書館のソファに座って読んでいた。12時頃お腹が空いたので近くの弁当屋で昼食を買って、中庭で食べていると、鳩が弁当を狙って足元をうろつき出した。さすがにここで餌を与えることがまずいことくらいは分かったので、可愛いなと思いながら観察するに留めていた。午前中ずっと読みっぱなしだったので目が多少痛む。手を瞼に当てて温めながら、しばらくベンチで休憩していた。

気がつくと眠っていたらしい。最近猫に会いにゆくせいで寝不足気味だったからだろう。固くなった体をストレッチでほぐしながら、もう少ししたら帰ろうかと再び図書館に籠もる。

大学を辞めてからすっかり学問の世界からは遠ざかってしまっていたが、向学心は寧ろ以前より増していた。多分大学の枠に嵌めるような教育から自由になったせいだろう。色んな本に手を出せるようになった。ということで、今は生物学の本を読んでいる。科学は苦手分野だけど、生物なら何とか読める。中でも動物や植物の知識は勉強していて楽しい。人間の体の構造に関する分野よりかは。そういえば、猫ってどんな体の構造してるんだろう?暗闇でも目が見えるとか、身軽だとか、聴覚が人間より優れているとか、そんな事くらいしか知らない。
そう思ったら、猫の本を探さずにはいられなかった。幸い猫の生態についての本が何冊か置いてあったのでそれを読むことにした。

「こんばんわ」
これで少女と猫の組み合わせと会うのは三回目になる。僕は買ってきたキャットフードを少女に渡した。
「ありがとう。この子も喜んでるよ」
何故か彼女は餌を家から持ってこない。家から食べ物を持ち込む余裕がないのだろうかと、何となく察した。
寒さを凌ぐためか、食べ終えて足元で丸くなる猫を撫でながら、彼女は僕に何か聞きたいことがあるように見えた。
「どうしたの?」
「あのさ、お兄さんって大学生なんでしょ?」
「元ね。今はもう違うけど」
「卒業したんだ?」
「いや、辞めたんだ。色々あってね」
「そうなんだ・・・」
そこで会話が一旦途切れた。
「どうしてそんなことを?」
「うん。私学校に行ってなくて、親との関係も良くないからさ。家庭教師がついてくれたらその辺少しはマシになるかと思って」
家庭教師か。なるほど、いいアイデアかもしれないな。でも大学を辞めて無職の僕を彼女の親御さんが雇うとは思えなかった。
「学校は嫌いなの?」
「うん。あそこに行ってもろくな事はないよ」
「そうだね。同感だ」
意外そうに少女は僕を見た。否定されると思っていたのだろうか。大抵の大人は学校に行ったほうが良いよというのかもしれないが、僕自身決して学校が好きではなかった。むしろ行かない選択をした少女を褒めたいくらいだった。
夜の公園は冷える。僕は紅茶を啜りながら体を温めていたがこれ以上は健康に良くないと、そろそろ帰ろうかと思って腰を浮かした。

「ねぇ、大学辞めたって、それじゃ今は何してるの?」
猫を撫でるのをやめ少女は僕を見た。
「ん?今は特になにも。毎日図書館に行ってるよ」
「図書館・・・」
何を思ったか彼女は考え込んでいた。僕は眠ったかのようにその場で動かない猫の頭を撫でて、「そろそろ帰るよ」と公園を後にした。


翌朝は早目に寝たせいか、早朝に起きることに成功した。せっかく早起きしたので、早朝のランニングに繰り出すことにした。ウエアを着て、鍵だけ持って外に出る。少し肌寒いが、走っていたら暖かくなるだろう。
一キロ程走ると川が見えてくる。この川沿いを走り橋を渡ってぐるっと一周するのがいつものコースだった。人も車も少ないこの時間帯のランニングは心身ともに快適にしてくれる。目に映る緑や川のせせらぎを聞きながらゆっくりと走り続けた。いつもの公園まで戻ってきた時には相当体力を消費していた。息が切れて少し苦しい。久しぶりで張り切りすぎたか。あの黒猫はいないだろうけど、ちょっと休んでいくかと園内を見ると驚いたことに少女がいつものベンチに座っていた。こんな朝早くからいるなんて、まさかあれから帰っていないなんてことはないよね?
「おはよう」
「ん?・・・ああお兄さんか」
僕は隣のベンチに座って少女を観察したが寝不足には見えない。
「こんな朝早くどうしたの?」
「別に。ちょっと家には居づらいからね」
「ふぅん。いつもそうなの?」
「まあね」
不登校で家に居づらい女の子。黒猫を通じての交流も多少はあることだし、他人事と放ってはおけなかった。
「あのさ、僕この後図書館に行くけど、君も来ない?」