静悟の文学的空間

小説、読書感想、宮座賢治などについてのブログ

僕らの旅路10 家庭教師との出会い

詩を書くようになって一週間が過ぎた。この間、僕は綾に褒められてその気になり、時々ブログに詩を上げ続けていた。綾が遊んでいる様子をUPした記事なんかに比べたら全然大した反響はなかったけど、それでも少ないながら見てくれる人はいた。僕はそれで満足だった。飢える事もなく、こうしてやりがいのあることも見つかった。綾もいる。僕はひとりじゃない。悪い毎日ではなかった。

目を覚まして綾がまだ寝ている事を確かめた後、最近の習慣となっている早朝の散歩に出かけることにした。この時間帯の散歩は気分を軽くしてくれる。小鳥達のさえずりと、心地良い緑達を観察しながら歩いていると、ジョギングをしている女性や犬の散歩をしている老人たちに出会う。

道中のコンビニで、プレーンのヨーグルトを買って公園のベンチで食べた。今日も陽の加減がとてもいい感じだ。暖かくて眩しい。ヨーグルトで胃腸の調子が整えられると自律神経も整い気分が良くなる。今日も何とか生きていけそうだ。

帰りにまたコンビニに寄って朝食用のパンと野菜ジュースを買って家に着いた。

「おはよう」

綾は既に起きて髪も整っていた。

「おはよう。朝ごはん買ってきたよ」

コクリと頷いて綾はテーブルに着いた。そして僕らはムシャムシャと朝ごはんを食べた。食べ終えた食器を洗っていると綾が「今日は公園で遊びたい」と言った。僕は頷いて「分かった。そうしよう」と応えた。

僕は三島由紀夫の文庫本と自販機で買ったお茶を片手に綾と公園への道を歩いた。午前中のこの時間なら公園に他の子供はいないだろう。端から見たら僕らは不思議な兄妹に見えるんだろうなと思いながら、未だに僕はこのような毎日でいいんだろうかという疑問もあった。

公園に到着すると綾は早速砂場で城作りを始めた。僕は、朝と同じベンチで文庫本を読む。時々まだ温かいペットボトルのお茶を少しずつ飲んだ。三島由紀夫は初めて読んだのが同性愛の描写が苦手で長い間避けてきたのだが、この金閣寺という作品はなかなか面白いなと思い、春の日差しの暖かさを感じながらしばらく読んでいた。

「そーら」

「ん?」

「のど渇いた」

綾はパンパンと砂を払いながらベンチに腰掛けてそう言った。どうやら砂場遊びは一通り満足したらしい。

「りんごジュースでいい?」

「うん」

僕は綾の所望する飲み物を買いにコンビニまで足を運んだ。

そういえば、今日はまだ撮影してなかったな、とIPHONEを見てみると着信があった。誰からだろう?と履歴を見ると、昨日連絡した不登校専門の家庭教師の会社からだった。ネットで調べてみると最近はそういうのも結構充実しているらしくて、とりあえず良心的っぽいところに昨日メールでコンタクトを取ってみた。綾は無口でおとなしい子だからそれに合う教師がいいと思ってこちらの事情も少しだけ書いておいた。今その返事が返ってきたようだ。綾が近くにいないのは丁度良かった。あの子が知ったらまた家庭教師なんて要らないと口を尖らせるだろうからな。

そのメールには僕らのような根無し草でも家庭教師を派遣する事は可能だということと、良かったら一度エリア担当者と面接してみないか?という事が書かれていた。とりあえず綾とこの件についてもう一度話して見ようと思った。

「ん」

「ありがとう」

座ってりんごジュースを飲む綾とペットボトルのお茶を飲む僕を包むように、心地の良い春風が吹き抜けていった。

「なあ、綾。やっぱり誰か僕以外に勉強教えてくれる人と会ってみないか?二人でいるのも悪くないけどさ。僕は僕でやることもあるし、僕が図書館にいる間とかに綾の勉強を見てもらうとかさ。どうだろう?」

やっぱり綾は断るだろうなと予想したのたが、綾はちょっと考えた後了承してくれた。

「分かった。空の負担になりたくないし、空が図書館に行っている間私その人と勉強しててもいいよ」

その日、マンションに帰って僕は個人契約で家庭教師を雇える人を探し始めた。やっぱり企業を通してしまうと色々制限がかかってしまってこちらの要望に応えられないことも多いのではないかと思ったからだ。学歴よりも人柄を重要視して出来るだけ綾と年の近い女性を探した。

webの紹介サイトを順番に見ていると一人の女性が目に留まった。

「文系科目を中心に教えています。現在大学2年生。趣味は読書。好きな作家は紫式部です」

この人なら綾と気が合うんじゃないだろうか?僕はその人にこちらの簡単な説明と家庭教師を依頼したい旨をメールで送り、返信を待った。翌日返事は返ってきた。

「それでは、駅前にあるアザレアという喫茶店で待ち合わせということではいかがでしょうか?こちらの目印は白いチェックのブラウスと紺のスカートです。お会いできるのを楽しみにしております」

こうして僕らは3日後に駅前に向かうことにした。何だか僕も会うのが楽しみだった。ごく僅かのメールからも感じの良さそうな人だという予感があった。

その日僕は寝坊して綾に起こされた。

「空ってば。今日は家庭教師さんに会いに行くんでしょ?遅刻しちゃうよ!」

昨夜読んでいた本が面白すぎてつい夜ふかししてしまった。もうちょっと遅めの待ち合わせにすればよかったと少し後悔した。

「全くしょうがないんだから」

綾に呆れられつつも、僕は身支度を済ませ、喫茶店アザレアへと向かった。さて、どんな人が来るんだろうな?

カランコロンとドアを開けて中に入った。待ち合わせ時間ぴったりくらいの時刻だった。席についているお客さん達を見回すとそれっぽい女性が一人窓際の席で静かに本を読んでいた。僕等は店員に待ち合わせであることを告げて彼女の下へと向かった。

「こんにちわ」

声をかけると彼女は目を上げた。そしてゆっくりと本を閉じてにこやかに挨拶を返してくれた。

「こんにちわ。あなたが喜多羅さんですね?それで、こちらが綾ちゃんかしら?」

「ええ、そうです。今日はよろしく」

僕らは席について一通りお互いに自己紹介した。

「私は如月愛衣です。よろしくね、綾ちゃん」

如月さんは綾ほどではないが、整った顔立ちをした20歳くらいの女性だった。確か今大学2年生だということだったけれど。確かに事前に聞いていた通り、彼女には華やかな感じというより、図書館に籠もっているのが似合いそうな、文学少女のような雰囲気があった。きっと僕らは馬が合うだろうと、対面早々思った。最初は事情を知られると面倒な事になりそうだから、僕らは親が留守にしている兄妹ということにしておこうと綾と話し合っていたのだが、なんだか如月さんには正直に打ち明けても構わないのではないかという気がした。だから本当の事を話すことにした。

「実は僕ら旅をしているんですよ。たまたまこの地が気に入って住んでいるだけど、いつ他の場所へ行くか分かりません。僕らの関係も血の繋がりはないんですよ」

「そうなんですね」

「綾は本が好きな子だから大抵の事は一人で学んでゆけると思うんですが、僕がいない時とか目を離すのが心配で。時々でいいから側にいてやって欲しいんです」

「なるほど」

そこでしばらく如月さんは考えているようだった。綾はじっと如月さんを見ていた。

「綾、君はどう?このお姉さんに勉強をみてもらうということでいいかな?」

「構わない」

コクリと頷いて綾はそう言った。綾のその言葉を聞いてじっと綾を見ながら如月さんも了承してくれた。

「分かりました。これからよろしくね、綾ちゃん」

無事に話が纏まってほっとした。如月さんは早速来週から週に3日来てくれることになった。無理に勉強を教えようとしなくていいから、とりあえず一緒にいてくれたらそれでいいと伝えておいた。

如月さんはこの後用があるということで、喫茶店を去っていった。

「どうだった?さっきのお姉さん」

「悪い人じゃなさそう。私あの人になら勉強教わってもいいかな」

「そっか。そりゃよかったよ」

確かにこんな奇妙な関係の僕らについてくれる人なんて他にいなさそうだった。ともかく如月さんが来てくれる事で物事が上手く進展してゆくだろうと思った。