半年が経った。この間、僕と綾と愛衣先生の日常は大抵変わりなかった。僕はブログで詩を書いたり、図書館や公園で本を読んだり、綾と愛衣先生は勉強を教わったり、公園でバトミントンをしたりしていた。次第に綾の心は回復の兆しを見せていったように思う。思えば、一人で公園のブランコに乗ってた時なんて、生気を失った瞳をしていたのに、それが今は嘘のように、健康的な笑みを浮かべるようになっている。それも、この街と愛衣先生のおかげかなと思う。最近では寂しくて僕のベッドに潜り込んでくることも少なくなっていった。僕は綾の心は旅をする内に癒えていくだろうと思っていたが、これはこれで悪くない。
たまたまやってきたこの街だけど、思いの外居心地が良くて、地元からは車で一時間かそこらの距離しか離れていないけど、来てよかったと思う。だけど、愛衣先生の突然の報告によって、僕らの日常は急な変化を見せることになる。
「あの、私、来させていただくのは、今月が最後になるかもしれません」
いつものように3人で公園でバトミントンをして、帰ってきて、晩ごはんを食べていた最中のことだった。僕も綾も驚いて、愛衣先生を凝視してしまった。
「それはまた急ですね・・・。どうして?」
「先生、私達と一緒にいるのが嫌になったの?」
「そうではありません。実は、ある研究所から職員にならないかって誘われていて、それで・・・」
愛衣先生は心苦しそうだった。
「家庭教師はいつでも依頼がある訳ではありませんし、私元々教える方よりも自分で研究する方が好きなんです。だから、申し訳ありません」
僕としては愛衣先生が決めた道なら応援したいと思った。だけど綾はそう簡単に行かないようだった。
「私、もう少し先生と一緒にいたいよ。仲良くなれたと思ったのに、離れ離れになるなんていやだ」
「私も寂しいです。でも全く会えなくなる訳じゃないよ。きっとまたどこかで」
「だけど・・・」
「綾。愛衣先生には愛衣先生の進む道があるんだから仕方ないよ。二人で色んな所見て回ろうって言ってたじゃないか?僕ら二人になっても、僕らなら楽しくやれるよ」
「・・・空」
「愛衣先生も気にしないでください。僕も綾も愛衣先生から色んな事を教わったと思います。どうか、お元気で」
「はい。ありがとうございます」
最後には綾も納得してくれた。愛衣先生も笑顔だった。そして、一ヶ月後、綾は愛衣先生に長い手紙を書いて渡していた。別れる時は二人共涙を流していた。本当にいい縁だったと思う。
そして、愛衣先生と別れ、僕らは二人となった。
「なんかさ、丁度いい充電期間だったんじゃないかって気がするよ。綾も元気になってきたし、僕もいい気分転換になったし、これからが、本当の旅の始まりかなって」
「うん。そう言われるとそうかもね。ねえ、まずはどこに行くの?」
「どこがいい?」
「わかんないけど、北の方がいいな。色んな植物が見れるところがいい」
「じゃあ、森とかあるところがいいのかな」
「ねえ、空。前にも聞いたかもしれないけど、空はこれでいいの?」
「これでって?」
「私なんかに付き合ってってこと。私と旅をしてて、他に空にやりたいことはないのかなって思ってさ」
「綾と二人で旅をするのが今僕の一番やりたいことだよ。綾は違うのかい?」
「そう。私もね、空と旅をするのが今一番したいことだよ」
「よかった」
そして僕らは住み慣れたマンションを解約して荷物を車に詰め込んだ。二人の本もここに住んでいた間に結構増えていたから大変だったが。
「ねえ、私がもうちょっと大人だったらよかったのにね」
「どうして?」
「だって、その方が空といて不自然じゃないし」
「そっか。そうなると僕らはその時何に見えるのかな?」
「さあ?普通に二人で旅をする恋人とかじゃない?」
「ふうん。そっか」
今ひとつ想像が沸かなかったが。結局この街で暮らしていても、僕も綾も補導されることも職質されることもなかった。綾の両親は特に綾に対して何かをしたりしてないのだろう。物理的距離。とりあえず、実家から出来るだけ離れた方が良さそうだ。それが綾の心を軽くするなら、北の方に行くのがやはり一番良さそうだ。
「じゃ、行こっか?」と綾が言った。
「うん。それじゃ、乗って」
僕らは車に乗り込み、次なる旅先へと向かう。僕ら二人ならどこまででも行ける。そんな気がした。