お姉さんとの再会
山を降りて、IPHONEのマップアプリを片手にお姉さんのマンションへと向かった。住所によると、どうやらお姉さんのマンションは、山から電車で一時間程の所にあるらしい。この距離なら僕が住んでいたあの家からもそう離れていない。お姉さんに話したいことたくさんあるけど、一番聞きたかったのはどうしてあの時いなくなってしまったのかということだった。
(師匠って言ってたから、そのお師匠さんの関係で僕と一緒にいられなくなったのかな?)
そんな風に思い悩んでいる内に駅へ着いて、そこから10分程歩きお姉さんに言われたマンションへ辿り着いた。
(凄い高層マンションだ。相変わらずお姉さんはお金持ちだなあ)と半ば呆れながら僕はインターホンを押した。
オートロックは何も言わずにガチャリと解錠した。
1002号室のドアを前にして僕は少し緊張した。お姉さんと会うのは何年ぶりだろう?
意を決してドアベルを鳴らすとゆっくりとドアは開いた。
「久しぶりね。和君」
「・・・お姉さん」
お姉さんは相変わらず綺麗だった。久しぶりの対面に感無量だ。何十年かぶりに会うかのようだった。
「おいで。さあ、ようこそ私のお家へ」
そして僕はマンションの明るい部屋の中へと導かれた。あの時あの街のマンションへ初めて迎え入れられた時と同じように。
広々としたリビングにテーブルとソファ。外観の高級そうなのをそのままに中もとてもリッチな感じだった。
「ミルクでいいかな?」
「うん。ありがとう」
テーブルには椅子が2つあった。そう思ってみると、どことなくこの部屋には2人で暮らす用意がしてあるように感じられた。お姉さんはいつ頃から僕が来る事を予期していたのだろうか。
「はい。熱いから気をつけてね」
お姉さんは相変わらず美しい声で優しく僕に語りかけた。猫舌のためちびちびとミルクを飲みながら改めてお姉さんを正面から観察する。うん。やっぱり綺麗になったと思う。元から綺麗な人だったけど。
「和人君。長い間放り出してしまって、ごめんね。本当にごめんなさい」
「いいよ。お姉さんも大変だったんでしょう?」
「それでもあなたをあの親の下から引き取ったのに、ちゃんと面倒を見られなかったのは、本当にいけないことだったと思う。ごめんなさい。」
「・・・お姉さん。そんなに謝らないでよ。僕は何年かお姉さんと一緒に過ごせただけで充分ありがとうって思ってるよ。ううん。もっというと最初にあの公園で声をかけてくれたことだけでも。お姉さんがいなかったら僕は今も死ぬより辛い想いを抱えていたのかもしれない。それを思うとお姉さんは本当に神様みたいに凄い事を僕にしてくれたんだ。・・・そういえば、ちゃんとお礼言ってなかった気がするね。あの時僕を助けてくれて、本当にありがとう」
「・・・和君」
潤んだお姉さんの目を見つめていると僕まで泣けてくる。再会出来たんだね、僕たち。
「じゃ、謝り合うのはもうやめにしようか。」
とお姉さんは笑顔で言った。こういった切り替えの早さがお姉さんの良い所だ。
「ねえ、あれからどうしてたの?ある程度のお金は残しておいたけど、足りたかな?」
お姉さんは不安そうに尋ねてきた。
「大丈夫。全然足りたよ。あんなに大金そうそう使いきれないよ」
「そっか。良かった。それで、あれからどう過ごしていたの?今日はたっぷり時間があるから、和君の今までについて聞かせてよ」
そして僕らはあれからの日々を思い出しつつ語った。お姉さんが急にいなくなって置き手紙を読んで、びっくりしたこと。しばらくはマンションで暮らしていた事。本当の自分を発見したくて旅に出たこと。始めは旅館に泊まっていたけど、白井さんという不動産屋さんと出会って、一軒家を購入したこと。そして、その家からも離れて再び旅に出たこと。その先でこうしてお姉さんと再会したことまで話し終えると結構時間が経っていた。
「そっか。楽しそうで安心したよ。・・・ところで私も見てみたいな、その和君が買ったっていうお家を」
「うん。今度招待するよ」
「じゃあ、今日はもう遅いから、泊まって行きなさい。ちゃんと和君の部屋もあるから」
やっぱりお姉さんは僕と住む事を想定していてくれたみたいだ。
「あのさ、お姉さん。結局あの時いなくなっちゃった理由は何だったの?」
「私、お師匠さんの下に行くことになってね。その時私はお師匠さんに体を乗っ取られるみたいにして、意識のないまま師匠の所まで行ったの。それでそれからの通信は師匠に禁じれていたから出来なかったの。解放されたのは割と最近なんだよ?」
「・・・そうなんだ」
音信不通だったのはそういう訳だったんだね。
「それにしても、和君。大きくなったね。凄く大人びて見える」
「・・・そうかな?」
何だかマジマジと見られると恥ずかしい。
「昔から可愛い顔してると思っていたけど、成長して更にカッコよくなったみたい。本当、久しぶりに顔が見られて嬉しいな」
ニコッとお姉さんは笑った。その顔があまりに綺麗で僕は直視できなかった。僕よりお姉さんの容姿の方がズバ抜けているよ。
「じゃ、もう遅いから、寝ようか。お風呂入る?」
「うん」
そして僕らはお風呂に入って眠った。あの頃に戻ったみたいに、でもあの頃とは違う所もある。僕は早くお姉さんを花壇のあるあの家に案内したくてたまらなかった。
翌朝
ピッタリと朝の六時に目が覚めた。いつもどおりだ。寝慣れないベッドだったが、そこはお姉さんの部屋なので、特に環境の変化に惑わされる事はなかった。カーテンを開けて朝日を浴びる。伸びをして体を解すして、リビングへと行った。リビングは昨日の状態のままだった。お姉さんはまだ起きてないらしい。洗面所で顔を洗って歯を磨き終わってもまだお姉さんは起きてこなかった。お姉さんが起きてきた時のために朝食を作っておくことにした。
僕とお姉さんの間柄なのでその辺遠慮はない。フランパンを充分熱してから卵を割って落とす。目玉焼きがいい感じに出来上がると、次は野菜炒めに取り掛かった。冷蔵庫にほうれん草とベーコンがあったのでそれで作る。後はお姉さんが起きてきたら紅茶とパンを焼けばいい。時計を見ると7時近かった。ちょっと遅いな。少し迷ったけど様子を見に行くことにする。
コンコンとノックをして声をかける。
「お姉さん?・・・まだ寝てるの?」
少ししてドアが開いた。
「ん~・・・。和君。おはよう・・・」
やっぱり寝てたみたいだ。寝起きで髪が跳ねている。僕と暮らしていた頃のお姉さんは大体早起きだったのだけど、この何年かの間にねぼすけになってしまったのだろうか。
「リビングで待ってるよ」
「・・・うん」
それから15分ほど待ってると髪も整え、洗顔も終えたお姉さんがやってきた。
「あ、朝ごはん作ってくれたんだね。ありがとう」
「簡単なものしか作れないけど」
「私もそうだよ。でも全然美味しそうだよ」
そして僕らは二人で朝ごはんを食べた。お姉さんが僕の作った料理を美味しそうに食べていると、何だか不思議な感じがした。あの頃はお姉さんにおんぶに抱っこな僕だったけど、少しは成長したんだろうか。
食べ終わって僕が食器を洗うとお姉さんはちょっと仕事してくると言った。
「仕事って、何をしているの?」
「今は絵描きの仕事してるよ」
「絵描き?」
「うん。見てみる?私のアトリエ」
お姉さんの部屋の一人隣にそのアトリエはあった。ずらりと見事な絵が並んでいる。全体的に青色をベースにした絵が多い。近づいてみるとデッサンも凄くしっかりしているし、一朝一夕で身につけた技術ではないなと思わされた。
「・・・お姉さん、いつから絵を描いてたの?」
「描き始めたのは、小学生くらいからかな。高校は美術系のところ行ってたしね」
「へえ・・・、そうなんだ」
何だかお姉さんの事何も知らないんだなって思わされた気がしてちょっとショックだった。
「でもね、和君と以前暮らしていた時にはあまり描いてなかったよ。画家としての活動を再開したのも最近になってからなんだ」
「やっぱり、そうだよね。あの頃は何の仕事してたの?」
「たまに投資とかやってたけど、基本何もしてなかったよ。和君を放り出して仕事する訳にも行かなかったしね」
「・・・そうだったんだね」
僕はお姉さんの邪魔だったのだろうかとちょっと考えてしまった。
「気にしないで。元々働かくていいくらいのお金は持っていたから。私には和君の方が大事だったってだけだよ」
そう言われると照れる。何だか昨日からお姉さんには照れさせられてばかりだ。とにかくこれで少しお姉さんの事を知る事が出来た。
「・・・僕もちょっと描いてみようかな」
「本当?私教えてあげるよ!」
「今の僕の家には花壇があるんだ。それを絵にしたら素敵なんじゃないかなと思って」
「へえ。そうだ。じゃあ、今日これから行ってみようよ。その和君の家に」
「今日?お姉さんの都合は大丈夫なの?」
「全然大丈夫だよ。一日くらい何とでもなる!」
「分かった。じゃあ今度は僕が招待するね。おいでよ、僕の家に」
「うん。そうと決まったらすぐ行こう。支度してくるから!」
そう言ってお姉さんは部屋に着替えに行った。凄く楽しそうな笑顔だった。僕が自分で、と言ってもお姉さんが残してくれたお金でだけど、選んだ家にそこまで興味があるんだろうか。
そういえば、家は留守にしておいて大丈夫な状態にしてきたつもりだったけど、今どうなってるんだろう?あの花壇、あの茶猫。そしてあの拾ってきたパワーストーンもそのまま置いてある。木材で構成されたあの家の暖かい雰囲気は今も変わりないだろうか?何だか急に懐かしくなってきた。まだ離れてそんなに経っていないはずだけど。
「用意できたよ。行こうか?」
「うん」
そして僕らは僕の家へと向けて出発した。