静悟の文学的空間

小説、読書感想、宮座賢治などについてのブログ

インディゴチャイルド12 お姉さんがやってきた

僕の家にご招待

「へえ~。ここが和君のお家か」

「うん。どうぞ、入ってよ」

離れていたのは少しの間だったはずだけど、何だか一年くらい離れていたように感じた。いざ、家の中に入るとお姉さんは興味ぶかそうに家の中を見回していた。ガチャッとドアを開けた瞬間に懐かしいいい香りがする。ドアを開けてリビングを見回しても、うん、大丈夫だ。特に変わりなく出てきた時のままだ。

お姉さんに座ってもらって、僕は紅茶を淹れた。そして二人で紅茶を飲みながら庭を眺める。残念ながら茶猫の姿は見えなかったけど、日光がいい感じに差してきて花壇の植物たちが生命感溢れるように咲いていた。白井さんには先程戻ってきた事を報告したけど、僕の留守中丁寧に花壇の世話をしてくれていたようだ。

「いい家だね。さすが和君は見る目がある。というか、自然にいい人とかいい物を引き付ける能力があるよね」

「そうなのかな?」

自分ではよく分からないけど、お姉さんがそう言うなら、そうなのかもしれない。

「ねえ、和君。私、この庭を絵にしてみたいな。それまでここに住まわせてよ」

「うん。いいよ」

僕はあっさりと了承した。またお姉さんと一緒に住めるのなら、僕としても喜ばしい。

「ありがとう」

お姉さんの画力ならきっと素晴らしいものができるんだろうなと今から楽しみだった。しばらくゆっくりとお茶を飲んだ後、お姉さんは一旦画材を取りに帰った。

僕は待っている間、お姉さんとの日々を思い返していた。何だか懐かしい。大人になったと思っていたけど、まだまだ僕も寂しがり屋のままなのかもしれない。

しばらく待っているとお姉さんは戻ってきた。

「ただいま。持ってきたよ」

庭が見える場所にイーゼルを設置して早速描こうとしているお姉さんを見ていると自然に言葉が出てきた。

「あのさ、お姉さん」

「ん?どうしたの、和君」

「よかったら、この家で一緒に暮らさない?」

僕は、やっぱり一人でいるより誰かと一緒にいたかったのだろう。母親と縁がなかった事もあって、お姉さんの母性に惹かれたのかもしれない。お姉さんとの毎日が頭から離れなかった。だから気づくとそう提案していた。

「うん。いいよ。和君がそれを望むなら」

拍子抜けするくらいあっさりとお姉さんはうなずいてくれた。

「ありがとう。また旅に出たいって思うかも知れないけど」

一緒に住みたいと言いながら勝手な話だと思うけど、旅も僕には大切な事の一つだ。

「じゃあ、その時は一緒に旅をしましょう。二人で旅をするのも慣れているじゃない、私達?」

「そう言えば、そうだったね」

一緒に住んでいた頃はよく旅行に出かけたものだった。

「今日は戻るの疲れちゃったから、明日また荷物持ってくるよ。それで一緒に住もう、この素敵な家に」

「うん。また昔みたいに一緒に」

「それじゃ、そういう事にしよう。そろそろ私は絵を描くよ」

「うん。ごめんね。邪魔しちゃって」

それからお姉さんは庭を眺めながら凄い集中力で絵を描いていた。

お姉さんが仕事をしているなら、僕も何かしようと思った。と言ってもチラシ配りの仕事は辞めてしまったし、やることと言ったら読書くらいしか思い浮かばなかったけれど。

本を読むのも何だか久しぶりな気がする。旅をしている間は充分に読めなかったからなあ。そう言えば表現をする事が僕に合っていると霊視の先生に言われったっけ。・・・表現ね。お姉さんに絵を教わってみようかな?

それから日が暮れて夕方になる頃、僕はお姉さんの様子を見に戻った。相変わらずお姉さんは集中して絵を描いていた。僕が戻って来た事にも気づかないくらいに一心に描いていた。後ろから見てみると、絵は結構形が出来ていた。見事なものだなと感心しながら僕は後ろから声をかけた。

「そろそろ日が暮れるし、夕飯にしようかと思うんだけど、何がいい?」

「あ、和君。そっか、もう夕方なんだね。私の目には昼間の庭が焼き付いていたんだけど。そうだね、夕飯か。私が決めていいの?」

「うん。この何年間で料理は大体出来るようになったし」

「じゃ、カレーがいいかな」

ニッコリと笑ってお姉さんはそう言った。

「分かった。じゃ、材料買いに行ってくるね」

「うん。それまでに片付けておくよ」

そして僕は買い物を済ませて帰ってきてカレー作りに取り掛かった。一緒に住んでいた頃からお姉さんはあまり料理が得意ではなくて、外食とかが多かったのだけど、今日は僕がお姉さんの分もカレーを作った。僕の手料理をお姉さんが食してくれる事が新鮮で嬉しかった。こうして誰かの役に立つ事が意外に僕には向いているのかもしれないと思った。

何はともあれ、こうして、僕の旅は一旦休止となり、この家でお姉さんと共に二人暮らしを開始することになった。

将来の悩み

翌朝、目覚めて顔を洗い紅茶を淹れる。お姉さんが起きてくるまで、まだ少し眠い頭でぼんやりと考えていた。お姉さんは絵を描く事を仕事にしている。僕はどんな仕事をするべきなんだろう?将来について悩みが生まれた。僕に出来るのは何だろうな?

「おはよう」

そうこうしていると、お姉さんが起きてきた。

「ねえ、お姉さん。僕も何か仕事をしたほうがいいのかな?」

お姉さんは顔を洗ってこっちに来ると僕の手をギュッと握ってくれた。

「和君。焦らなくていいんじゃないかな?君はまだ子供なんだし。和君には才能があるからいずれ何か大きな仕事をするようになるかもしれない。その才能を私は浪費して欲しくないの」

「そう・・・かな?」

「焦っちゃだめよ。ゆっくりと進んでゆこう?また昔みたいに二人でさ」

「うん。分かったよ」

才能か。自分ではよく分からないけれど。まあ、今はお姉さんと暮らせるようになったことを喜ぼう。そして、僕らの二人暮らしは再び始まったのだった。

朝起きて花壇に水や肥料をあげる。朝食を作りお姉さんと二人で食べる。後は好きなことをやる。本を読んだり、音楽を聞いたり、散歩したり、図書館に行ったり。その後、夕飯を作って二人で食べる。お姉さんはその日の絵の調子についてよく話してくれた。今日はどんな絵がかけて、後どれくらいで完成しそうだとか。この色の具合が絶妙だと自画自賛したりとか。

僕はお姉さんに何か表現する仕事について話してみた。

「そっか。そうだね、和君は私みたいに絵を描くより、たくさん本も読んでるんだから、作家になるとかどうかな?何かお話を書いてみるとかさ」

「そうだね。考えてみるよ」

だけど今の僕には書けたとしても大したものは書けそうにないように思えた。作品を書くために何が必要なんだろう?やっぱり旅をして色んな経験を積むことだろうか?それとももっと本を読んだ方がいいんだろうか?何れにしても焦ることはない。今は楽しもう。こうしてお姉さんと再開できた事だけでも奇跡のようなものなのだから。