静悟の文学的空間

小説、読書感想、宮座賢治などについてのブログ

スピリチュアリティワールド3 それからの僕ら

宣伝活動

僕は最初こんな素晴らしい曲をネットなんかに上げたら大変な騒ぎになって困ってしまうのではないかと心配していたが、杞憂だったようだ。数日経ったけど反応は微々たるものだった。
「そりゃそうよ。全く無名の作者が上げたものがいきなり大ヒットというわけにはいかないわ」
 そんな礼子の助言もあって、とりあえず僕が暇つぶしに書いているブログで宣伝してみた。するとどうだろう、じわじわと再生回数は増えて行き、やがてリピーターになってくれた人も少なくないのだろう、まとまった回数が日々再生されてゆくようになった。そして1万再生を超えた辺りから、どっとPVは増えて、専門家の目にもとまるようになったらしく、レコード会社からCDを出さないかというメールがひっきりなしに来るようになった。だけど、当初僕らは煩わしさからそれらの誘いには乗らなかった。コンサートホールなんかで歌えなくても構わない。僕は作品として形に出来たことで満足だったし、明依も僕に詩を書かせることができて満足みたいだった。礼子はそんな僕等の様子を笑顔で見守ってくれていた。しかし、事態はそうそう呑気な事も言っていられないようだ。明依の持つその美声の魅力は僕が個人的に好きとかそんなレベルを超えていたらしく、再生回数は日が経つにつれて飛躍的に増えていき、やがて億を越えようと言う所まで来た。その頃にはメディアでも盛んに取り上げられるようになり、業者からのデビューの催促は止まらなかった。
「どうしようか」
「私はデビューには興味ない。だけど零君は私に大勢の前で歌ってほしいんだよね?」
確かにそんな風に思っていた時もあった。だけどこのままネット上で誰もが聴ける状態で構わないと思っていた。その事を素直に告げると明依は少し考えて言った。
「やっぱり私デビューする方向で考えてみるよ」
どうして急にそんな事を言い出したのか最初は分からなかった。だけど後になって考えてみると、きっと明依は僕に恩返しをするつもりだったんだと思う。僕の詩を明依が歌って、それを聴いて沢山の人達が感動している、そんな様子を観てみたいという僕の期待に応えたかったんだろうな。明依がやるというなら、僕に否やはなかった。ただ僕の仕事は無理をして頑張りすぎてしまう彼女の性質を鑑みて、早目に休息を摂ってもらうよう、その都度声をかけるくらいだった。明依はデビューするに当たって忙しそうにしていた。cdを一枚出し、その売上は予想通り素晴らしいものだった。少なくない額が僕等の口座に振り込まれてきた。だけど、明依の目標はあくまで、金銭を受け取ることではなく、観客を前にしてのライブを行う事にあった。それにはある程度曲数を揃える必要がある。僕は正直それ程詩を書く作業が好きにはなれなかった。だけど、明依が書いて欲しいというならやらない訳にはいかなかった。だけど業者の言いなりになっていては、十曲を超える数を要求されてしまう。その数は明依はともかく、僕の方は完全にキャパオーバーだ。だから3人で考えたあげく、小さなミニコンサートのようなものを僕らはレコード会社に頼らず自分達で開催することにした。その方が僕達の嗜好にあっている気がした。本当に小さな教会をライブ会場にすることもあった。だけど僕等にとっては規模が小さくて個人的な場所であればある程、記憶に残る魅力的なライブになった。教会に集まって来てくれる子供達に明依はかつての自分を重ねていたようだった。「子供は素直でいいよね。ここがよかったとか、ここが気に入らなかったとか。素直に感想をくれるから」
とは言っても、素直な子供たちは大抵僕らライブを褒めてくれて、大いに楽しんでいるようだった。
「とっても楽しかったです。お姉ちゃんたちの曲すごい好き」無邪気な子供達に、次もまた頑張ろうというパワーをもらい、僕等は全国の色んなを旅しながら色んな場所でライブを行った。それはとても楽しい旅だった。ただ僕はツアー中あまりやることがなくて、明依のマネージャーのようなものだったけれど。僕が心の奥底で望んでいたのは、明依の曲を他の人達が聴いていて、その感動している様子を見たかったということ。ならば、何も派手なライブ会場は必要ない。公園や公民館などを会場にさせてもらったこともあった。そして僕の願いは確かに叶った。ネットで再生されているだけでは分からなかった、観客たちの生の反応、それが確かに伝わってきた。僕が最も信頼する歌い手が、僕の書いた詩を歌ってくれている。その曲にたくさんの人達が心を打たれているその様子が直に見れたのだった。cdの売り上げに反して小さな会場ばかりを回っていたのだが、本当に色んな人達が集まってきた。小さな小学生くらいの子達から、お年寄りも結構見かけたのには驚いた。そして彼等は手拍子でもって、時には波を作ったりして明依の歌に調子を合わせて体を揺らしたりしていた。陽気な曲では楽しそうに体を揺さぶり、バラードの曲では感動に打ちひしがれる。特等席から観客のそのような姿が見れて、僕はとても満足だった。
「どう、零君。君の夢ひとつ叶ったんじゃない?人生悪いことばかりじゃない。そうでしょう?」
なんだか久しぶりに礼子と話した気がした。「そうだね、今なら素直にそう思えるよ」
こんな事が起きるなんてな。本当に何が起きるか分からないものだ。誰かと共に作品を作る。それを発表しながら、色んな人と出会い、色んな所を旅する。ほんの少しの間、まだ一年も経ってない内に僕を取り巻く環境はガラリと変わった。ほんの一年前には考えもしなかったことが、今現在の僕の周りには溢れかえっている。それはとても喜ばしい事に違いなかった。

ライブツアーの終わり

「ねえ、礼子。僕たちは出会うべくして出会ったツインレイ同士なんだよね?」
「うん?そうだよ」
「だったら、もう少し早く明依と出会いたかったよ」
沈んだ声で僕はそう呟いた。そう、できたらあんな事を仕出かすよりも前に。そうすれば僕は死のうなんて考えなかったと思うのだけど。何故あの頃僕は独りで悩まないといけかったのだろう。
「何事にも然るべきタイミングというものがあるんだよ。だけど、そうね。零君ならあの苦境を乗り越えられる。それだけの資質があったから、そういう境遇に生まれついたんじゃないかな」
「君にもわからないの?」
「私だって分からないことはあるよ。零君が生まれてきた意味の全てが分かるわけじゃない。でもね、多分この推測は結構的を得ていると思うな」
向こうでは明依が笑顔でこっちに手を振っている。僕も笑顔で彼女に応える。今日のライブは終わったらしい。
「本当に出会えてよかった。」
「どうしたの?突然」
明依は目を丸くして驚いていた。
「いつも思ってるよ。僕はあの日明依と会えた事に感謝している。そういう星の下に生まれついたことについて、ありとうと思っているんだよ」
「うん。私も」
明依は一点の曇りもない透明な笑顔で僕に応えた。彼女はここのところ、よくこの表情をするようになった。感情の豊かさが顔によく表れて、出会った時の暗さはもうなかった。そしてツアーも終盤を迎えとうとうラストステージになった。九州のある公園での事だった。宴もたけなわになり明依は観客に語りかける。
「本当にここまでこれて良かったです。みなさんありがとう。私は事故で両親をなくして、誰も助けてくれる人がいなくて、もう駄目だと何度も想いました。だけど神様は私を見捨ててなんかいなかった。だってこうして大切な人と巡り会えたから。それはこの曲の詩を書いてくれた人でもあります。烏間零さんです。」
予定通り僕は渋々ステージに上る。目立つことは元来嫌いな性格だったから、最初この提案をされたときは大いに抵抗したのだが、礼子まで明依の味方をされては登壇しない訳にはいかなかったのだ。
「零君。皆さんに何か一言言ってあげて」
ニッコリとマイクを手渡される。僕は本当に渋々マイクを受け取って壇上から観客を見渡した。公園内に入り切るだけ観客がが入っていた。1億回再生は伊達じゃない。事前の告知もほとんどしなかったのに、明依の曲を聴きに人々が所狭しと押し寄せてきていた。そんな人達に向けて僕は考えてきた台詞を喋ることになった。
「ご紹介に預かりました。作詞を担当しました、烏間零です。先程、明依の言葉にもありましたが、本当にここまで来れたことに感謝しています。皆さんありがとう」
チラホラと拍手が起きる。
「僕は元来音楽から程遠い人間で、本来ならこのような場に立たせて頂ける人間ではないのですが、これも一つの導きでしょうか。めぐり合わせとは不思議なものです。僕と明依が出会ったのも本当に不思議な出来事でした。あの日僕は人生に絶望したような日々を何とか乗り越えた辺りでした。何とか耐えきってだけどとりたてて人生の魅力にも目覚めていない抜け殻のようなものだったのです。だけど運命に導かれるようにして僕等は出会った。それは正に運命だったのです。」
僕は言葉を切って客たちを見渡す。多分何を言っているか半ば分かっていないであろう人々の顔を十分に見渡して後を続けた。
「今回音楽として僕達の作品を世に届けることになりました。明依によって僕の、もしあるとすればですが、資質のようなものを開花させてくれたのだと信じています。だからまだまだ凡才の域を出ない僕ですが、これからも何らかの作品を皆さんに届けていただけたらと思うのです。今日はほんとうにありがとうございました」
万雷の拍手が起きた。音の大きさに驚いてしまった程だ。こうして僕らの初めてのツアーが終わった。
「ねぇ、零」
帰りの車の中不意に礼子に呼ばれた。明依は歌い疲れたのだろう、後部座席で寝静まっている。
「なんだい?」
「あなたは自分の事を些か過小評価しすぎているわ。確かにまだまだ磨き足りてはいないけど、それでも磨けば光るものを間違いなく持っている。自分で言っていたように、今回の詩だけじゃなくてさ、もっと色々やってみたらいいんだよ。例えば物語を書いてみるとかどう?元々そっちに興味があったんでしょう?」
確かに僕は一時期作家を志していた。だけど自分の作品に嫌気がさしてある頃からさっぱり書かなくなった。
「どうかな。僕としては例えば陶芸とかいいかもしれないと思ってるんだけど」
「それも素敵ね。とにかくスリーピースとしての活動、これからも続けてね。勿論、私も応援しているから。」
やはり姿は視えないけど、声の調子から笑顔を浮かべていることが最近では分かるようになっていた。それからしばらく沈黙が続いた。
既に夜になっており、親切なレコード会社の運転手さんが僕等を自宅まで運んでくれている。

礼子との会話

「ねぇ、一つだけいい。何であんな事をしたのか、もう一度教えて欲しい」
急に真剣な声音で礼子が聞いてきた。どうして、何度も繰り返させるんだろうと思う。礼子ならそれこそ僕の心の中を僕以上によく分かっているはずなのに。
「説明する事に意味があるのよ、零君。本当にもう一度だけでいいから」
「分かったよ」
そして僕は思い返す。あの日、今から大体一年くらい前になるのか。どうして死のうなんて思っていたのか。
「僕は作家にもなれなくて、たった独りきりだった。学校もロクに行ってなかったから、友達もいなかったし、生きていることに何も楽しみなんて見いだせなかった。」
「うん、それから?」
「それで仕事も詰まらないライターの仕事なんかしか出来なかったから、これ以上生きていても仕方ないかなって。要するに自分にも人生にも何も期待できず希望を見いだせなかったんだよね」
「でも、それだけなら実際に行動に移すまでは行かなかったんじゃない?やっぱり病気の事が大きかったんじゃない?」
「確かに」
僕は素直に認める。心が限界を迎えていたせいだろう、体が病んでしまってからは本当に辛かった。冷える手足、痛む内蔵、落ちる体力。挙げればキリがないほど、体の症状には苦しめられた。僕には当然それを乗り越えてまで生きようとする理由はなくて、放っておいたらどの道死ぬんじゃないかという状況だったから、そう、何も僕は避難される謂れなんてないんだ。
「死のうとしたこと、僕はそんなに悪いことしたなんて思ってないよ。そりゃ、今はそんな事考えてないけど、あのときは・・・」
「ありがとう、説明はもう十分だよ、零君。私もあなたをそんなに強く責めるつもりはないの。私が言いたいのはね、もう大変なことを十分に通り過ぎた。だからこれからは大いに人生を楽しんでほしい。そして、もっと才能を磨いて輝いてほしい。私もあなた達と何時も一緒にいれる時はそれ程長くないみたいだから」
「どういうことだい?」
僕は驚いた。礼子はこのままずっと僕たちと共にいてくれるのではないのか?
「あなた達と縁が切れることは一生ない。だけどずっと側にもいてあげられない。あなた達はあなた達で、私をそれ程必要ともしなくなるはずよ。そんな時がもうすぐそこまで来ている」
「そう、なんだ」
寂しいことは寂しい。だけど、仕方ないかもしれない。僕には明依がいる。礼子の声がいてくれたら安心だけど、確かに彼女に頼ってばかりもいられない。
「僕、礼子の声が聞こえたこと。あれで本当に救われたんだよ。僕の心がどれくらい喜んでいるか分かるだろう?」
「うん。本当に凄いよ。零君そんなに私と会いたかったのね」
「明依と巡り合わせてくれたこと本当に感謝している。あの朝、君の声を信じて明依を迎えに行ったこと、それが僕の人生で最良の行動だったと思うよ」
「そっか」
色んな本を読み漁っった事で得た知識は決して決して無駄ではなかった。指導霊には色々質問してみることが大事なんだなと思った。彼等には従ってみるものだ。この際聞いておきたいことを聞いてしまおう。
「ねぇ、礼子。」
「なに、零君?」
僕たちの未来、良い未来を知りたい。僕等はこれからどんな人生を歩むことになるのかな。
「もうあんなに酷い事は起こらないわ。勿論大変なことだってある。だけど、約束してあげる。零君、本当によく頑張ったわ。零君の人生において、一番大変な所は通り過ぎた。それは確かなことだよ」
「そうか」
「だから期待していていい。今後の人生において、生きている素晴らしさをたくさん味わえるから。だからもっともっと人生を楽しむのよ!」
「分かった、ありがとう。そろそろ眠るよ」
「うん。おやすみなさい、零君」

エピローグ

翌朝目覚めた時、いつもなら欠かさず「おはよう」と言ってくれた礼子の声が聞こえなった。だけど、ああやっぱりな、としか思わなかった。何となくこうなる気はしていた。本当に礼子の声がずっと聞こえていた時期は終わったらしい。やっぱりいなくなっちゃうと寂しいな。明依の方はどうなんだろう?
「ねぇ、零君。ガイドさんの声が聞こえない。姿も視えないよ」
オロオロする明依に僕は昨日の車の中でのことを言って聞かせる。明依はショックを受けたようだったが、時間とともに何とか立ち直ったようだった。
「寂しいね。だけど全く聞こえなくなったわけじゃないでしょう?少なくとも今もガイドさんは私達を見守ってくれていて、必要な時には助けてくれる。だったらそれで十分だよ。」
そんな風にして僕らは二人になった。だけどいつだって僕等には礼子の存在を感じることが出来た。きっとあの頃のように今も笑顔で僕等を見守ってくれているはずだ。
 そして、僕と明依はお互い支え合い、音楽にとどまらず、文章で絵で時には陶芸などにも手を出して、何作も何作も作品を作りづづけてゆくのだった。
「ねぇ零君」
「何だい、明依?」
「私、零君と出会えた本当に良かった。」
「ああ、僕もだよ」
「礼子さんがガイドで本当によかった」
「僕もそう思うよ」
僕は心の中で感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、礼子。明依と巡り合わせてくれて」
「どういたしまして、零君」
心の中で礼子の澄んだ声が聞こえた気がした。