静悟の文学的空間

小説、読書感想、宮座賢治などについてのブログ

スピリチュアリティワールド2 目覚め

明依の目覚め

「う、ん・・・」
少女が目を覚ますまで静かに本を読んで過ごしていたがようやく意識を取り戻したようだ。僕は読んでいた本を閉じて彼女が自然に目を覚まして起き上がってくれるのを待っていた。
「あれ、ここどこ?」
ぼんやりとした表情でそう呟いた後僕の方を見た。少女と見つめ合った瞬間僕の心の中には痺れるような感動めいた感情が迸った。こんな感覚は初めてだった。やはりこの子が僕の魂の片割れなのか。
「あなたはだれ?」
彼女が何を感じているのかその乏しい表情からは伺えなかった。
「ここは僕の部屋だよ。随分長く眠っていたね」
この子を部屋に運び入れてから既に半日近く経っていた。
「私・・・、そうだ、逃げてきて・・。うっ!」
彼女は頭痛が走ったらしく頭を抑えて暫し苦しんでいた。僕は彼女のそんな様子にどうして良いのか分からなくてただ立ち尽くしていることしかできなくて、そんな自分に心底腹が立った。
「大丈夫よ。そんなに自分を責めないであげて、零君」
今此の瞬間存在を忘れていた礼子が僕を慰めてくれるのを何だか遠くの出来事のようにぼんやりと聞いていると、少女が礼子に反応した。
「あ、ガイドさん」
(この子は礼子のことをガイドと呼んでいるのか)
「明依ちゃん。あなたがずっと探し求めてた人がここにいるんだよ。頑張ったかいがあったね」
「え?」
明依は恐る恐るといった風にゆっくりとした動作で僕の方に顔を向けた。そして少しの間僕たちは見つめ合っていた。やがて明依の眼には涙が浮かび、徐々にそれは大粒の滝となって溢れ出した。僕はどうしていいのか分からず、またしてもただ少女のことを眺めていることしかできなかった。だけど此の涙は悲しくて流している訳ではないということは直感で分かった。
「ご、ごめんなさい。私ずっとあなたと会いたかったの。私に前世の記憶はないけど、でもその強い恋心は潜在意識に残っているから。だからその夢が叶ったことが嬉しくて」そう言ってしばらく泣き続ける明依の様子を何も出来ずにただ眺めていた。生半可な慰めの言葉はこの場にふさわしくない気がしたからだ。ひとしきり泣き終え明依は顔を上げて僕の方を見た。目が赤く充血していたけれど、やっぱり少女の顔立ちは非の打ち所がない程整っていて、思わず見惚れてしまった。
「まずは、お礼を言わせて。助けてくれて本当にありがとう」
「別に、それ程大したことはしてないから、それ程気にしなくていい」
実際普段外出することが少ない自分には多少ハードだったものの、他の人なら難なくやってのける程度のことだろう。しかし少女は首を横に振って静かな口調で呟いた。
「私、あなたが来てくれなかったら多分死んでた」
そんなことはないだろう、誰か他の人が助けたはずだ。そう口にしようと思ったが礼子が口を挟んできた。
「それ、本当のことだよ。零君しか明依ちゃんを助けられる人はいなかった。それは私が保証する。零君、本当によくやってくれたわ」
褒められることに慣れていないせいか、二人に持ち上げらることにいい加減居心地が悪くなってきた。
「もういいじゃないか、それよりこれからどうするか考えようよ」
礼子はそんな僕の胸中を見透かすように多少ニヤついていが、明依の方は真剣な眼差しで僕をまっすぐ見てこう言った。
「私、零君と一緒にいたいの。駄目かな?」
「別に構わない。好きなだけここにいるといいよ」
こうして僕のマンションの一部屋を彼女に分け与えることになった。此の日は疲れていたので詳しい話はまた翌日ということにして、二人とも早々に眠りについた。
「ねぇ、零君」
「ん、何?」
「零君と出会えて良かったと思ってるのは、私もなんだよ。」
「ああ、僕もだ」
三人がこの部屋でこうして会えた。今はその事が何よりも重要だ。ニコリと笑っている礼子の姿がやはり頭に浮かんだ。
「君の姿を見てみたいな」
想像の中の礼子は絶世の美女だったり可愛らしい幼気な天使であったり色々だった。そんな事を思いながら、意識は夢の世界へと落ちていった。
不思議な夢

夢の中で僕は公園にいた。その公園で宇宙船に乗り込もうとしている明依を僕は必死になって引き留めようとしていた。
「待ってくれ!」
悲しそうに首を横に振りながら明依は結局飛行船に乗って出発してしまう。上昇してゆく船の窓から僕を見下ろして悲しそうに手を振る明依。ああこれは夢なんだな、とこの夢の終盤になってから自覚した。
僕は目を覚ました。何だったのだろう今の夢は。単純に僕の願望を表しているのか、それともまさか正夢になるなんてことはないよな・・・。
体をほぐしながらチラリと明依が寝ている部屋を見たが、全く無音のままだ。まだ彼女は寝ているらしい。
「おはよう、零君」
礼子の声を聞いて思わずニヤニヤと笑みがこぼれる。実に素晴らしい。問題なく今日も彼女の声が聞こえる。単純にその事が嬉しかった。さて朝食でも作るか。
「ねぇ、今日はどうするの?」
フライパンで卵焼きを作りながら、今日の予定を考えてみる。やっぱり問題は・・・。
「明依ちゃんのことだけど、本当に病院はやめておいてあげて。もうしばらくは安静にしておく必要があるとは思うけど」
「そうだね」
頷きながら料理を作り、だし巻きとサラダで朝食が完成した。
「そろそろ起こすか」
ドアをノックしに行こうとしたが、止められた。
「ちょっと待って。一応相手は女の子なんだから。私が起こしてくるわ」
そして10分程で明依が起きてきた。
「お、おはよう。ごめん。ちょっと遅かったかな」
申し訳無さそうな様子にこちらが悪いことをしたような気分になった。
「全然気にしなくていいよ。それより顔を洗っておいでよ。それから朝ごはん食べよう」
「うん。ありがとう」
「いただきます」
そして僕達は3人で食事を摂った。礼子に関しては姿も視えないし食事を摂ることも彼女はしない訳だけど、それでも僕らは3人だったと確信を持って言える。何しろ今のところはまだ礼子が僕たちを繋ぎ止めていると言っても過言ではないからだ。僕はまだ明依の事を何も分かっていない。
「ごちそうさま」
食後のほうじ茶を啜りながら二人で話し合うことになった。
「えっと、明依ちゃん」
「明依でいい」
少し照れた風に彼女はそう言った。
「それじゃあ、明依。君はどうしてあそこにいたのか、話せる範囲でいいから教えて欲しいのだけど」
コクリと明依は頷いた。

明依の過去

 

「私、施設で育ったの」
そして明依はポツリポツリと自らの過去を話し始めた。
「私が10歳の時に両親がなくなったの。それまでは3人仲良く暮らす、どこにでもある良い家族だった。だけど事故で二人ともいなくなってしまって、私はそれから・・・・、施設に預けられて」
涙ぐんでしまった明依にやはり僕はかけてやる言葉さえなかった。だけどすぐにゴシゴシと涙を拭いて続きを語り始めた。
「施設はひどいところだった。だけど私他に行く場所も、そこから逃げる方法もわからなかった。あの日、ガイドさんと出会うまでは」
「初めて会ったのは私が同じクラスの男の子達からいじめられていた日だった。追いかけてくる子達から逃げてる時、袋小路になっていた場所で小さな抜け道を教えてくれたよね。こっちに穴があるよって」
そして明依は礼子がいるであろう方向を見つめていた。もしかしなくても、彼女には礼子の姿が視えているらしい。僕は羨ましいと思った。
「そして私に生き甲斐を教えてくれたのもガイドさんだった」
そこで明依はハーブティーをコクリと飲みながら真剣な眼差しで僕を真っ直ぐに見た。
「施設には一つだけいいところがあった。それは寂れた音楽室で自由に使える楽器があったということ。特にギターが私のお気に入りだった。誰も教えてくれる人はいなかったけど、ガイドさんが教本が落ちている場所とか教えてくれて、その本を読みながらガイドさんと一緒になって練習してたらある程度弾けるようになった。ギターと歌が私の生きがいになったの。ああ、私生きてるんだなって、一番感じられる瞬間。それが私の場合音楽だった」

僕はなんだか少し居心地の悪さを感じた。僕の場合それ程強く生を感じられる瞬間は今の所なさそうだ。

「私、後何ヶ月かで16になるんだけど、施設はそれくらいの年なら離れる事が可能なの。だけど、その前に施設から逃げ出さなきゃ行けなくなった。それは・・・、清掃員の人が私を襲おうとして、その人は前から私にしつここう絡んでくることがあった。その施設は大人側の人達の怠慢で無法地帯に近いところがあって、その人も遠慮なく私に触れたりしてきたけど、多分もうすぐ私がいなくなると思ったんだろうね。無事に施設を去って逃げおおせる事ができたのは偏にガイドさんが道案内してくれたおかげだよ。だけどここまで遠かったから持ち出した食料とかが随分前に尽きてしまっていて、それでも何とか頑張った。それは前世からの運命の人と出会えるってガイドさんが教えてくれたから。そして本当に零君と出会えた。私頑張ってここまで来て本当似良かったと思う」
涙を浮かべながらそう力説する明依に何だか申し訳ない気分になってしまった。相手がこんな僕で本当に良かったのだろうかと。
とりあえず、大体の流れは分かった。
「大変だったんだな。君は僕何かよりよっぽど苦労していると思うし、立派だと思うよ。そこまでの事があって、なおかつ、今打ち込める物を持っているというのは」
本心だった。まだ聞いてもいない彼女の音楽だけど、彼女が心の底から音楽が好きだというのは何となくこうして話して彼女を観察しているだけでも伝わってきて、その事が心底羨ましいと思った。僕にはそこまで打ち込めるものが一つもない。僕はずっと遥か前世で燃え尽きてしまった燃えカスのようなものだと自分では感じていた。自分が明依に劣っているような気がして少し気分が沈んでしまった程だ。
「とにかく、ここにいれば大丈夫だよ。もう君を苦しませる人達はいないんだから。ここから3人で頑張ってゆこう」
これもまた本心だった。今までの僕も、それから明依も一人きりだったかもしれない。けど今は礼子の繋ぎもあって、3人が巡り会えた。ならどんなことだって乗り越えてゆける、そんな気になれたのだった。
「ありがとう。」
本当に綺麗な満面の笑みを明依は其の顔に浮かべたのだった。

作詞

僕は元来孤独な気質に生まれついたらしく、昔から望む望まないに関わらず独りきりだった。兄弟もおらず、友達や恋人と過ごした経験もほぼ皆無だった。だから誰かと共に過ごすことがどういったことなのか全く初心者で、あらゆることが手探りだった。すぐに過去から逃れられるという訳ではないらしく、僕の下へやってきた当初明依はよく夜にうなされて眠れないことがあった。そんな時僕は礼子に促され明依の枕元で手をさすってやった。
「もう大丈だ。君を苦しませるものは何もない。よくがんばったね、明依」
そうしてやると明依の表情は落ち着き、安らに眠りにつくのだった。

「ご飯できたよ、零君。」
大体において料理は明依が作ってくれるようになった。彼女は施設でも料理を作っていたらしくて、僕の適当な料理よりも美味しく作ることができたのだった。
 「ありがとう」
僕の方はというと、ライターの仕事を、少しだけだけど、楽しんでやっていこうと思うようになった。人生悪いことばかりじゃないと、彼女たちに会えて思った。明依と出会えた事で自分は凄く恵まれているとまで感じられるようになれた。だから僕は僕に出来ることをもっとやっていこうと。今までは投げやりになるばかりだった仕事にも、探してみると比較的楽しそうなものもあるものだった。例えば僕が普段読んでいるのに近い書物(哲学書とか文学)に関する書評を依頼してくるクライアンとだったり、中には作詞が出来るライターを求めている業者もあった。
作詞について明依なら僕より詳しいかと思って助力を求めると、彼女は少し悩んでこう答えた。
「零君なら、思いつくまま書き綴ったらいいよ。大丈夫、そんなに難しいことじゃないわ」
それでも初めて詩を書く作業は難しそうに思えた。だけど、報酬が魅力的なのもあって、受注してみた。それから一週間程何も思いつかず、もう出来なくても仕方ないかと思っていた頃、夜眠れずに走っていた時、ふと電灯の灯りのもとで、一つの詩を思いついた。
「僕は独り
ずっとこれからも独りだと思っていた
だけど3人で会えた
楽しい霊と
心の友
其の事が何よりも重要だ」
そう、それとっても大事
どれくらい大事なの?
それはこの生命よりもかもしれないよ」

 僕は此の思いつくままの詩を少しだけ加工して、読みやすく伝わりやすいような形にしてクライアントに送った。何か文句でもつけてくるかと思っていたが、意外にすんなりと受け入れられた。其の事を明依に伝えるとさもありなんと明依は言った。
「自分で思ってるより、零君には才能があるんだよ」
そう云う明依は誇らしげだった。まるで自分が褒められたみたいに。
「明依ちゃんといると、零君生き生きしているよ。本当に輝いているみたいに」
礼子もそう言ってくれた。
一方明依の方はというと、僕に料理を作ってくれるだけではなくて、家事全般をやってくれようとした。だけど、僕はそれを止めた。僕等は二人で助け合って行くべきだと感じたからだ。そして何より彼女には音楽を続けて欲しかった。
「ギターとか、楽器が必要なら言って欲しい」
と僕は明依に言ってみた。だけど彼女は首を横に振った。
「私元々歌う方が好きなの。大丈夫、焦らなくても其内自然に手に入るよ」
確かに楽器を買うとなると、僕にとって小さくない金額だけど、自然に手に入るっていうのはやっぱり礼子の予言通りなのだろう。僕はそれをすんなりと受け入れた。だけど明依がギターを弾いている姿を早目に見てみたいな、とも思った。だからこんな提案をしてみた。
「カラオケでも行かないか?明依の歌を聴いてみたいしさ」
僕は友達もロクにいなかったので、カラオケに行った事は一度もなかった。だからこんな提案をすること自体、非日常がやってきた証拠だなと感じた。
「そんなに期待するほどの物じゃないかもしれないよ?」
上目遣いに遠慮がちに彼女は言ったけど、「」大丈夫、どんな歌でも君に失望することはしないよ」と僕は誓った。普段の話す声からして彼女の声は僕の理想を体現しかのような声だったから、きっと彼女の歌も僕の理想通りなのだろうと思う。
「期待してていいわよ」
と礼子は明依本人の恐縮度合いと反対に自信あり気だった。
カラオケ店で二人慣れない機械の操作をして、僕が知っている何年も前の名曲など歌ってもらったが、予想以上の腕前だった。こんなに綺麗な声でこんなに情感たっぷりな歌は他に聴いたことがない。これから、歌手になれるんじゃないか、少なくとも僕が知っているどの歌手よりも、僕にとっては魅力的に聴こえる。だから帰り際にこんな提案をしてみた。
「ねぇ、歌手としてデビューする気はない?」
それに対し明依は即座に首を横に降った。
「目立つのが嫌いなの。零君もそうでしょう?有名になっても良いことはないよ」
なるほど、確かにその通りだ。考えてみるとこれ程素晴らしい歌声を独り占めに出来るというのは、それはそれで悪くない。
「ねぇ、零君。その後、詩は書いている?」
あれから、あの時僕が書いた詩は問題なくどこかで何かに使われたみたいたが、あれっきり他で詩を書く仕事はしていなかった。そう答えると、明依は真剣な目で僕に訴えた。
「零君には才能があるんだよ。だから私が歌う。零君が作ってくれる詩を。そのためなら私、歌手になってもいいよ」
僕が詩を書いて、その詩を歌として明依が歌う。歌手として明依が大勢の前で、僕が思いの丈を書き綴った詩を披露する。そんな光景が目の前に浮かんだ。先程の独り占めにしたいという想いはどこへやら、その光景は鮮明に脳裏に焼き付いて離れなくなった。
「ねぇ、今の映像、私が零君に思い浮かばせた訳じゃないよ。零君自身の意志によるもの。ツインレイと出会うと男性は才能が開花するって言われているけど、君の場合音楽がそうなのかもしれない。これは一種の宿命ようなものかもしれないよ」
礼子はそう言った。礼子がそう言うならきっとそうなんじゃないだろうか。何より僕等二人で何かをする、それが僕には魅力的に思えた。
「ね、二人で頑張って行こうって誓ったじゃない。これもその一つだよ。これが出来たらとっても大きな一歩になると思うな」
僕を説得するように明依は意気込んで言った。
3人でだよと、脳内で抗議する礼子の声を無視しながら、僕の心は明依に歌って欲しい言葉を創作することに傾いていった。
「分かった。やってみよう。3人で」
「うん」
ここに僕たちの新たな目標が出来た。

歌を作ろう!

曲作り

何はともあれ、まずは曲がないと始まらない。僕は音楽に関しては何も分からなかったので、聞いてみると、明依も曲を作ったことはないという。二人して困っていると礼子が助言してくれた。
「曲は私達で頑張るわ。だから零君は何とか楽器を手に入れて。いくら才能があっても、材料がないと何も作れないからね。大丈夫、安いもので構わない。そうねギターがいいと思うわ」
こうして、僕は楽器を手に入れるために多少ライターの仕事を多目に受けて、文章を書く作業に没頭していた。明依は明依で安い楽器がないか、しらみつぶしに楽器店を探して回っているようだった。2週間程経って、ようやく明依が中古のギターを手に入れてきた。中古でいいのかと不安気な僕に明依はあっけらかんと答えた。
「ガイドさんがこれでいいって言ったから」
僕等が全幅の信頼を置く指導霊の導きなら間違いはないだろう。そして明依は曲を礼子の指導の元作り始めた。ほとんど朝から晩まで僕等の部屋ではギターの音が鳴り響いていた。
それは最初は何かを探るような調子だったのが、日が経つに連れて、だんだんメロディーとして、一つの繋がった音になっていった。
最初から最後まで曲の形として聴こえるようになった頃明依が達成感に溢れた表情で「出来たよ」と告げた。
早速聴かせてもらった。完成した曲は素晴らしいものだった。音楽に関しては何も分からい素人の僕でさえこの曲の素晴らしさは分かった。何より僕の完成に凄くフィットしていて、僕のために作ったのだと言われても不思議ではなかった。そう思っているのが伝わったのだろう、礼子は呆れたようにこう言った。
「何を言っているの?零君。これはあなたのための曲なのよ」と。
そういえば、そんな事を言っていた。僕が詩を作るために曲を書いてくれると明依は言っていたっけ。この曲を僕は大勢の人に聴いてもらいたいという気分になってはいた。だけどこの曲に見合うだけの詩が果たして僕に書けるだろうか?
曲が完成した日の晩ごはんの時にポツリとそんな不安を漏らした僕に明依は真剣な眼差しで真っ直ぐに僕の顔を見ながら、「大丈夫だよ」といつものように言ってくれた。
「いつも通りの零君でいいの。いつも通り書いてくれたら、それで少なくとも私達は満足する。その後の事は何とかなるよ」
その言葉で不思議と書く事に抵抗はなくなった。さあ、僕らの曲を詩で飾ってゆこう。
 世によく出回っているような恋物語の詩なんて、僕にはとても書けなかった。だから、どうしても、僕が日常で感じた事を書き綴ることになった。それをどれだけ普遍的に大衆に伝わるように書けるかというのが僕の腕の見せどころだった。
「お世辞じゃなくて、本当の事だけど、零君の書く物には独特の魅力があるんだよ」
書けなくて何度も挫けそうになった時はその度に明依の言葉を励みに何とか部屋に籠もって、時には一日中だって籠もって、ああでもない、こうでもないと、頭をひねっていた。
そうして何とか完成した曲を僕はこう名付けた。「スリーピース」と。何のひねりもない、そのままのタイトルだったけど、僕は気に入っていた。僕が書いた詩を真剣な表情で読む明依の様子に不安を覚えなかったと言うと嘘になる。初めての歌詞を書くという作業、何とか形にした、と僕に言えるのはそれくらいだった。しかし、明依は読み終えて、何の造りもない素直な笑みで、やっぱり褒めてくれた。
「すごい、とってもいいよ。この歌詞」
そして無生物に生命を吹き込むみたいに、出来た曲に明依が歌を込める作業に取り掛かっていった。
「3人で会えた その日を忘れはしない
 僕はなんて幸せなのだろう
 僕等はどうして出会ったのだろう
 此の出会いはきっと
神様がくれたプレゼントだ」
 明依が作った曲は、テンポよくリズミカルに進行してゆく、実に僕好みの曲調だった。そしてサビで僕らの想いは歌になって、詩になって、狭い部屋の空気を振動させてゆく。その細やかで繊細ながらも、美しく力強いその歌声は僕の身贔屓などではなく、客観的に掛け値なしに非常に素晴らしいものだった。やがて僕の妄想なんかではなく、大勢の人がこの曲を聴くことになるだろう。
「スリーピース 僕等は一つだ
 スリーピース どこまでも行こう
 スリーピース 道標が
 スリーピース どこにもなかったとしても」
 明依は誇らしげに僕の作った素人感満載の詩を歌ってくれていたが、僕としてはどうしても気恥ずかしさが拭えなかった。そんな事をポツリと呟くと、何時ものように明依は僕を励ましてくれた。
「零君らしさが表れているとってもいい詩だよ」
「そうね。私も初めてにしてはよく書いたと思うわ」
 これで一応完成した僕等の歌だったが、次の問題はこの曲をどうするかだった。予定ではどこかレコード会社にでも売り込みに行こうかという話だったけれど。だけど、僕はこの曲を音楽会社の手に委ねることはしたくなかった。僕等の二人の意見は一致していた。
「ネットに上げよう!」