静悟の文学的空間

小説、読書感想、宮座賢治などについてのブログ

インディゴチャイルド9 僕を救い出してくれた魔法使いの女の子の話

父親による虐待

昔の夢を見た。父親に頬を殴られて公園でひとしきり泣き叫んだ後の事だった。

家に帰りたくない。だけど外も寒い。その頃の僕は9歳くらいだっただろうか。歩いて行ける川まで行って溺れて死んでしまおうかと考えていた時だった。

「どうしたの?目が真っ赤だよ?」

綺麗なお姉さんがいつの間にか僕の目の前にいた。僕は胸がつぶれてしまうくらい痛くて会話もロクにできる状態じゃなかった。隣に腰掛けてお姉さんは僕が泣き止むまで待ってくれた。

「何か悲しい事があったの?」

僕は夢中にただ頷いて、涙が収まり呼吸が整ってきて、ようやく喋れるようになった。

「ねぇ、もし嫌じゃなかったら話してみて?」

この不思議なお姉さんそう聞かれると、何故か誰にも話たくない事が言えた。ぽつりぽつりと自然に言葉が口からこぼれた。

「家に帰りたくない。酔った父親が僕を殴るから。僕は学校でも友達もいなくて、先生も嫌いだから。誰も僕の味方がいないんだ。だからこの世界から母さんのいるあの世に早く行ってしまいたいんだ」

そんなような事を子供の拙い表現力で少しずつ僕は語ったと思う。お姉さんは静かに聞いてくれた。

「そっか。そうなんだね。大変だったね。和君」

「どうして、僕の名前知ってるの?初めて会うのに?」

「そんな事は些細なことだよ。大切なのは私なら君の味方になってあげられる。それを君が信じてくれることだよ」

幼い僕にはお姉さんが何を言っているのかよく分からなかった。だけどこのお姉さんが本当に僕の味方になってくれるなら、もしかしたらこの絶望的な境遇でも生きて行けるかもしれないと思った。

「ねえ、お腹空いてるでしょう?ご飯食べにいこう?」

そして僕は産まれて初めてファミレスに入った。父は勿論僕を外食になんて連れて行ってくれなかったから。もしかしたら記憶にない過去に母さんと3人で来たかもしれないけれど。

「何でも好きなもの頼んでよ。これでも私お金持ちだからね!」

その自慢そうに胸を張るお姉さんがおかしくて、僕も自然にアハハと笑った。

「笑うと可愛いね、和君」

そして僕は大人一人前くらい食べて、本当に久しぶりに満腹になった。だけどだんだん気分は暗くなっていった。またあの家に戻らないといけない時間が刻一刻と近づいてゆくからだ。

「心配しないで」

お姉さんの優しい声が聞こえて顔を見ると、お姉さんはとても慈愛に満ちた表情をしていた。

「私の家においで、和君。私は君を助ける魔法使いと思ってくれたらいいわ」

魔法使い?あのグリム童話に出てくるような不思議な力を持った女性なんだろうか。でも僕は父さんの子だから、あの家にいないといけない。そうじゃないの?

「大丈夫。辛い想いを抱えていていい子なんて一人もいないんだよ。そろそろ誰かが助け出してあげても良い頃だものね。今まで一人でよく頑張ったね和君」

救い出してくれた事

お姉さんが何を言ってるのかよく分からなかった。だけど涙が止まらかった。お姉さんの声と言葉がとても優しくて僕の心臓に浸透してゆくようだったから。

僕はお姉さんに手を引かれ、店を後にした。帰りたくない家へと向かって重い足取りで二人で歩いた。だけど僕は二度とあの家に戻らなかった。戻らなくていいようにお姉さんがしてくれたんだ。僕にはお姉さんが本当に魔法使いに見えた。

「今頃戻ってきやがったか。何だお前は?」

飲んだくれの父親がお姉さんを見て荒々しくそう言い放った。お姉さんは涼しい笑顔で父親にこう言った。

「この子は私が面倒を見ますから。もう構わないでくださいね。これから一生」

「何?何いってやがる?」

「この子に構わないでって言ったんです。聞こえませんでしたか?もうこの家には帰ってこないけど、私と暮らしますから安心してください」

「はあ?」

僕はびっくりしてお姉さんの美しい笑顔を見上げていたけど、そこで真面目な顔になって、お姉さんはこう言った。

「今ままで散々ひどい目に遭わせてくれましたね。許せない事だけど、その事はもういい。この子は私の弟子だから、これ以上傷つけたら許さない。その事を覚えておいてください」

そして僕らは家を後にした。父親は何だかんだいって喚いていたけど、お姉さんは気にすることもなく歩いていった。どこに行くんだろうと思いながら僕は手を引かれていた。

頭の中で私の弟子という言葉が妙に頭に残っていた。

やがて、高層ビルの建ち並んだ辺りの高級マンションの一つにお姉さんは入っていった。暗証番号を押してエレベーターに乗って1003号室と書かれたドアを開いた。

「さ、今日からここが私達の家だよ」

「え?」

何が何だか分からず、靴を脱いで広くて温かいリビングに入っても僕は混乱していた。ここがお姉さんの家なんだろうか?

お姉さんはミルクの入ったカップを僕に渡して二人で向かい合った。

「もうあの家には帰らなくていい。難しい事は考えないで、これから二人でここで暮らそう、ね?」

そして本当に何年も僕はお姉さんと一緒に暮らした。初めてお姉さんとお風呂に入って傷だらけの体を洗ってもらったり、飼い猫の温かい背中を撫でたり、一緒に御飯を食べたり、時々二人で旅行にも行った。お姉さんは本当にお金持ちだった。何か仕事をしているようには見えなかったし、本当にお姉さんは僕に勉強を教えてくれたり、猫と遊んだりしていて、仕事をしている時間はなかったと思う。でも当時の僕は気にしなかった。だってお姉さんは魔法使いなんだから。

この不思議な女の子、お姉さんと出会って初めて僕は生きていてよかったと思えたのだった。自分は世界一幸福だと心の底から思った。例えどれだけ月日が経とうとも、地球が何回転しようとも、変わることのない大切な思い出だ。